
雪深いワーケーション先で、お酒を酌み交わしながら漏れ出た「私、お墓に入りたくないんです」という一言。非日常の中で生まれたその小さな違和感は、いつしか数千人を巻き込み、社会の“普通”を問い直す巨大な社会実験「Deathフェス」へと姿を変えた。
非営利型株式会社Polarisを創業し、ケアとワークの新しい関係性を探求してきた著者は、なぜ今「死」というテーマにたどり着いたのか。
本連載では、タブー視されがちな「死」を入り口に、私たちが無意識に受け入れてきた「当たり前」との摩擦や揺らぎ、そして人生の有限性を直視する中から見えてきた「成熟した〈選択〉」のあり方を、自身のキャリアや活動の軌跡とともにたどっていく。
第6回:【現場レポート】Deathフェス2026 ――「 死を語る場」が3年間でどう変化してきたか(後編)
《第5回:【現場レポート】Deathフェス2026 ――「 死を語る場」が3年間でどう変化してきたか(前編)の続きです。》
「今日もDeathフェスやってますか?」ーー終了後も届く問い合わせ電話
今年、来場者の層を大きく広げるきっかけになったのが、4月15日放送のNHK「おはよう日本」だった。放送後、70代以上のシニア層が一気に押し寄せた。
中でも人気だったのが、AI遺影の体験ブースだ。来場者はその場でAI撮影を行い、自分の「未来の遺影写真」を体験的に作成することができるというものだが、シニアは「実際使いたいから、家紋を変更してほしい」など、細かなリクエストをされたり、「昨日親戚がやってとてもよかったと言うから今日は私たちが来た」など、親戚筋での口コミも広がった。会期後も会場である渋谷ヒカリエには「今日もDeathフェスやっていますか?」という問い合わせが続いたと聞く。

このブースを出展してくれた企業には、実は一度参加を断られている。エンドユーザーに直接提供する事業モデルではないからだ。最終的には、気軽に体験できるキオスクタイプの遺影撮影をしましょうということでご協力いただけることになった。
振り返りの機会では、「こんなに前向きに体験してくれることにびっくり」「Deathフェスの認知度の高さに、正直驚いた」「事業に直接活かせる声がたくさん集まった」と、「直接話せる場」の価値を十分に感じていただけた。
また、出展者同士や主催者との距離が近いのもDeathフェスの特徴だ。「業界のイベントでは、こういうつながりは生まれない」という言葉も印象に残っている。この企業は韓国の会社でもあり、「ソウルでのDeathフェス開催があれば協力できる」という話も出た。海外の事業者から見ても十分可能性を感じていただけたことは大きな自信となった。
来場者と社会の変化
今年、会場に立っていて強く感じたのは、Deathフェスを見る社会の目が少し変わり始めている、ということだった。
まず意外だったのは、来場者の77%が「初めて」参加した人だったことだ。3年目ともなると、コアなファンが定着しているのではないかと思っていたので、この数字には驚いた。けれど裏を返せば、Deathフェスは毎年、まだ出会っていない人たちに届き続けているということでもある。
今年は、これまで以上にシニア層の来場も目立った。先述したAI遺影の体験ブースへの反応は、その象徴だったように思う。
過去2年、私たちは「今すぐ必要な選択肢」を前面に出すことには、あまり踏み込んでこなかった。Deathフェスをシニア向けの終活フェアのようにしたいわけではないし、死を手続きや準備だけに閉じ込めたくもなかったからだ。
でも今年、具体的な選択肢を求める人たちの存在にも、改めて向き合うことになった。死について話す場を求めているのは、若い世代だけではない。むしろ、切実な問いを抱えている人たちほど、「どこに行けばいいのか」「誰に相談すればいいのか」が分からないまま、情報の外側に取り残されているのかもしれない。
今後は、いまのDeathフェスとはまた違う切り口で、50代の子と80代の親が一緒に参加できるような企画があるとよさそうだ、という感覚も残った。Deathフェスは終活フェアではない。でも、終活の手前や奥にある、家族の対話、選択肢へのアクセス、死について話すきっかけには、もっと応えていけそうだ。
エンディング業界との距離感にも変化があった。これまでは、つながりのある方以外からご挨拶いただくことはそれほど多くなかったが、今年は「来年は出展したいです」「ぜひ何か連携を」と声をかけてくださる方が増えた。一過性のブームとしてではなく、協業を検討してもよい存在として認識され始めているのかもしれない。
出展者や協力団体にとっても、Deathフェスの意味は少しずつ変わり始めている。はじめの1年は、「面白そう」「応援したい」という思いで関わってくれる人たちに支えられていた。けれど3年目の今年は、具体的な出会いや行動変容が生まれる場としての手応えも届くようになった。
臓器移植の啓発活動を行う「ZOK1-11」(ゾウキイレブン)からは、昨年Deathフェスをきっかけに臓器移植について知った来場者が、今年もブースを訪れ、「意思表示をしました」と伝えてくれたという声が届いた。実際、昨年以降、意思表示を行う来場者の割合は3割から4割を超えるまでになったという。日本尊厳死協会の担当者からも、会員の高齢化が進む中で、「20代の若い世代と直接話すことができたのは、非常に貴重な機会だった」という声をいただいた。

死をめぐるテーマは、関心のある人だけで閉じてしまいやすい。けれど、本当に社会の選択肢としてひらいていくには、すでに関心のある人たちの熱量だけでは足りない。まだ自分ごとになっていない人、何となく気になっているけれど一歩を踏み出せない人たちに、どう届けていけるのか。Deathフェスはそんな、「橋渡し」の場として機能し始めた。
メディアの反応も変わってきた。NHKが3番組、韓国国営放送などの海外メディアも取材に訪れた。過去2年は、Deathフェスの会期中に「イベントの紹介」として取材されることが中心だった。けれど今年は、開催前から複数回にわたって取材に入ってもらったり、会期とは直接関係のないタイミングで、「このテーマについて意見がほしい」「若者たちは死をどう捉えているのか聞きたい」と相談されることが増えた。
単にイベントとして知られ始めたというだけではない。Deathフェスが、死について何らかの軸を持って発言できる場であり、今起きている変化の兆しを捉えている存在として、少しずつ認識され始めている。そんな感覚があった。
実際のところ、Deathフェスは若者向けの企画ではない。参加者の中心は40代・50代のミドル層だ。それでも、既存の終活事業の平均年齢は60~70代と聞くので、比較すれば十分に若く、実際に20代・30代の参加も多い。だからこそメディアには、「若者のデス活」という分かりやすい切り口で映るのだと思う。

けれど、私たちが見ているのは、特定の世代だけの変化ではない。10代から90代まで、それぞれの距離感で死に触れ、語り、体験し、選択肢を探している。その姿が少しずつ可視化され始めたこと。Deathフェス2026で起きていた変化は、そこにあったのだと思う。
終活だけでは、埋まらないもの
世の中には「終活」という言葉が、この数年でずいぶん一般的になった。遺言、相続、葬儀の準備、エンディングノート。備えることはもちろん大切だ。でも、終活が扱えるのは、主に「手続き」や「準備」の部分だ。
その手前には、もっと言葉にしにくいものがある。
死への漠然とした恐れ。まだ話せていない、大切な人との関係。誰にも聞けずにいる、人生の未完の問い。そして何より、「死について、いったい誰と、どう話せばいいのか」という、話し相手そのものの不在。
終活スナック「めめんともり」に立ち寄った来場者が、こんな感想を残していた。「自分ではない誰かの死生観に触れる機会はなかなかないので、とても貴重な体験ができた」。
これは、終活が悪いという話ではない。終活は必要だ。でも、それだけでは十分ではない。
「死をどう捉えるのか」「誰と、どう話すのか」「何を残し、何を手放すのか」という価値観や関係性の問題がある。
さらに、時代は大きく変わっている。デジタル遺品、死者AI、故人の声や姿を再現する技術。かつては考えなくてもよかった問いが、次々と私たちの前に現れている。終活の項目を増やすだけでは追いつかない。終活の前提になっている慣習や価値観そのものを、いまの時代に合わせて問い直す必要がある。
Deathフェスがこの3年間取り組んできたのは、まさにそのための場づくりだったのだと思う。
死を準備するだけではなく、死をどう捉え、どう語り、どんな選択肢を社会にひらいていくのか。その問いを、専門家だけでなく、市民とともに考えるための場だ。
薄くなっていく死を、つなぎ直す
第2回で、私は「死は語れないのではなく、ただ語る機会がないだけなのかもしれない」と書いた。
ニュースやSNS、映画やドラマを通して、私たちは日々、誰かの死に触れている。けれどそれは多くの場合、画面の向こう側にある「情報としての死」だ。自分自身の死として考えること。大切な誰かの死として受け止めること。そのどちらも、情報として知るだけでは届かない。
死についての情報は増えているのに、死にどう触れ、どう語り、どう受け止めればいいのかは、かえって分かりにくくなっている。Deathフェスは、この距離を少しずつ縮めるための場でもある。
棺桶に入ってみる。AWAIの箱の中で、自分の心の声に耳をすませてみる。統計上の数字でも、遠い将来の話でもなく、「今、ここにいる自分」の死として、少しだけ近づいてみる。
そしてDeathスナックで、隣に座った見知らぬ誰かと死について話す。Death-1グランプリで、名もなき人が死生観を語る。
自分の死に、少しだけ近づくこと。 他者の死生観に、少しだけ触れてみること。 その小さな往復を通じて、薄くなっていく死とのつながりを、もう一度結び直していく。
Deathフェス2026で起きていたのは、たぶん、そういうことだった。
死をひらく、共に創る仲間たち
このつなぎ直しは、一人ではできない。だからこそ、初年度は特に、歴史や現場への敬意をきちんと示したかった。葬送の歴史を追い続けてきた僧侶でジャーナリストの鵜飼秀徳さん、そして長年自治体職員としてまっすぐに身寄りなし問題に取り組む横須賀市の北見万幸さんなどに登壇いただいたのは、そのためでもあった。
「死をポップに語る」と言うと、軽く扱っているように見えるかもしれない。けれど私たちは、葬送や終活の現場で長く積み重ねられてきた知見を無視したいわけではなかった。むしろ、そこに敬意を払ったうえで、これまで届きにくかった人たちにも死をひらいていきたい。その姿勢を、最初にちゃんと伝える必要があった。
3年目の今年、この距離感は少しずつ変わってきている。
Deathフェスをつくっているのは、業界や専門家だけではない。研究者、僧侶、葬送や終活に関わる事業者、アーティスト、行政、メディア、そして市民。立場も関心も違う人たちが、同じ会場で死について考える。私たちの役割は、何かひとつの答えを提示することではない。異なる立場の人たちが、安心して死について語り、感じ、試せる場を整えることだ。
今年は、カツギテと当日ボランティアを合わせて、延べ80名以上が現場を支えてくれた。カツギテは、単なるスタッフではない。自分自身の問いや関心を持って、Deathフェスという場を一緒につくる仲間たちだ。ひとくち死生観クッキーDeath!やAWAI(第5回参照)のように、カツギテとの対話や実験から生まれた体験プロダクトもある。
今年からは、「数値目標」も導入した。ノルマとしてではなく、10年を歩んでいくための「待ち合わせ場所」として、来場者数や資金調達などの指標をチームごとに立てた。蓋を開けてみれば、来場者は5,040人(目標5,000人)、資金調達は約1,057万円(目標1,000万円)、メディアは27社(目標20社)と、立てた目標をほぼ達成、あるいは上回ることができた。「どうやって運営しているんですか」とよく聞かれるが、勘や善意だけに頼らない運び方も、実は意識している。
Deathフェスは、プログラムを並べるイベントではなくなりつつある。死をめぐる問いを持ち寄り、語り、試し、形にしていく共創の場へと、少しずつ育っているのだと思う。
なぜ「10年」やると決めたのか
Deathフェスを始めるとき、私たちは最初から「10年かけてやっていこう」と決めていた。
はじまりは勢いだったかもしれないけれど、「10年も続く」ということは、何らかの変遷を乗り越えていたり、続いている理由があるはずだ。何をするかとかではなく、「10年続く活動、組織にする」ことを決めておくのは、組織の胆力を上げるために重要なポイントと思っている。また、死生観のように、社会の奥深くにあるものをアップデートするには、それくらいの時間軸が必要だとも思っていた。大学院で聞いた「30年あれば、文化になる」という言葉も、ずっと心に残っている。10年は、あくまでその最初の区切りだ。
こういう時間軸で物事を見る感覚は、私が子育て支援の現場にいたときに、身をもって学んだものでもある。各地の実践者たちが始めた小さな「つどいの場」が、少しずつつながり、言葉になり、いつしか国の制度として全国に実装されていくのを、近くで見ていた。誰か一人のカリスマが旗を振ったわけではない。小さな実践の積み重ねが、10年、20年という時間をかけて、気がつけば社会のインフラになっていた。
この3年で、Deathフェスは少しずつ変化してきた。 最初は「死というテーマに出会い直す」ことから始まり、2年目は「死をポップに、終活を再定義する」ことへ、そして3年目は「五感でひらく生と死」へ。テーマも、集まる人も、関わり方も、少しずつ変わってきた。
それでも変わらないのは、死をタブーのままにしない、という根っこだ。
一度のイベントで社会が大きく変わるわけではない。けれど、毎年少しずつ、死について語れる人が増え、死をめぐる選択肢や関係性が広がっていく。その積み重ねにこそ、意味があるのだ。
今年、来場者の77%が「初めて」の参加だった。一方で、来年もまた参加したいと答えた人は77.2%いた。毎年新しい人に届きながら、また戻ってきたいと思ってくれる人もいる。その積み重ねの先に、私は少し先の景色を見ている。
大きな声で「革命を起こそう」と叫ぶのではない。
一人ひとりが棺桶に入ってみたり、隣の誰かと少し話してみたりする。その小さな体験の積み重ねが、ひたひたと静かに広がっていく。
私たちが見据えているのは、そんな静かな革命だ。
「想像をこえて、想像通り」の、その先へ
連載第1回で、私はDeathフェス2024を振り返って「想像をこえて、想像通り」という言葉を使った。あの感覚は、3年目になっても変わっていない。でも今回、改めて実感したのは、この「想像通り」は、私たち二人の力だけで作られたものではまったくない、ということだ。僧侶も、研究者も、カツギテとして現場に立ってくれた一人ひとりも、そして初めて来場して、隣に座った見知らぬ誰かと死について話してみた、一人ひとりの来場者。その全員の小さな一歩が積み重なって、この景色になっている。
「死は誰にでも訪れる」という、致死率100%の事実は、変わらない。でも、その死とどう出会い、どう分かち合うかは、まだ私たちの手の中にある。
多くの人にとって、死は選べないものだ。それでも、死とどう向き合い、何を選び、何を選ばないかは、私たち一人ひとりに委ねられている。
次回は、その選べなさの中で、私たちに何が選べるのか、という話をしたいと思う。






