雪深いワーケーション先で、お酒を酌み交わしながら漏れ出た「私、お墓に入りたくないんです」という一言。非日常の中で生まれたその小さな違和感は、いつしか数千人を巻き込み、社会の“普通”を問い直す巨大な社会実験「Deathフェス」へと姿を変えた。
非営利型株式会社Polarisを創業し、ケアとワークの新しい関係性を探求してきた著者は、なぜ今「死」というテーマにたどり着いたのか。
本連載では、タブー視されがちな「死」を入り口に、私たちが無意識に受け入れてきた「当たり前」との摩擦や揺らぎ、そして人生の有限性を直視する中から見えてきた「成熟した〈選択〉」のあり方を、自身のキャリアや活動の軌跡とともにたどっていく。

第3回:なぜ、Deathフェスに人が集まるのか ― 「カツギテ」からはじまる、新しい連帯

「死を語ると、人はつながる」

 事務局のあるメンバーが、こんな言葉を残している。

「死を語ると、人はつながる。これはきれいごとではなく、この場で何度も起きているリアル」

 Deathフェスの最初の年、彼女はほんの数日、「軽い気持ちで」ボランティアとして関わっただけだった。それなのに、翌年にはカツギテ、そして現在は事務局の中で大きな役割を担っている。そんな軌跡を経て、彼女は続ける。

「Deathフェスメンバーとは、1年を通してほぼ毎日チャットでコミュニケーションをとっています。職場の人でもないし、友だちや家族ともまた違う。この関係、なんだろう〜って。それぞれ個性があって、価値観も違って、キャラクターもバラバラ。でも、なぜか同じ船に乗って同じ方向に向かってる。不思議な関係」

 こうした「不思議な関係」の正体を探ることが、この回のテーマだ。

 Deathフェスには、なぜ人が集まるのか。そして、集まった人たちの間に、何が生まれているのか。

一般社団法人デスフェスに関わる人たち

思ったよりも、ずっと速く

 Deathフェスを立ち上げるとき、私たちはこう考えていた。

 死をタブー視せずに、人生と地続きのものとして捉え直す。年齢や個別の事情によらず、多くの人が「死というテーマ」をきっかけに、今をどう生きるかを考える——そんな「生と死のウェルビーイング」のための場をつくりたい。そのために、業界の専門家による情報提供の場ではなく、エンドユーザーである私たちが気軽に、親しみを持って参加できるような「フェス」にしようと。

 そして究極の目的として、「死とのつながりのリデザイン」を目指す、と企画書にも書いた。社会構造の変化についていけず分断されている社会と「死」をつなぎ直すのが、Deathフェスだ、と。

 第1回のDeathフェス2024が終わったあと、こんな声が届くようになった。「Deathフェスに出会って、死のことだけじゃなく、生のことを考えるようになった」「自分が何をしたいのか、誰と一緒にいたいのか、死から逆算してよりはっきり見えてきた」というような声だ。この声は、企画や運営に関わってくれたメンバーだったり、活動の応援がてら足を運んでくれた友人だったり、たまたま来場してつながった人だったり、様々だ。

 私たち門外漢が、死というテーマを掲げてやるイベントで、どこまで伝えられるだろうか。そんな懸念もあったけれど、私たちの思いは届いた。

 来場者数は、2024年の2000人から翌年には4200人へ。カツギテは20名弱から50名へ。メディアからの注目も高まり、「Deathフェスをやっています」というと「Deathフェス!知ってます!」と言ってくださる人もかなり増えた。

 実績からも、やっぱりそうだ、こういう場は必要とされているんだ! という実感を得ることができた。

 でも正直に言えば、こんなに速く、世間に受け取ってもらえるとは思っていなかった。

 なぜこんなに早く、受け止めてもらえたのだろう。

第1回Deathフェス開催に向けた企画書より:「Deathフェス」が目指すこと~カジュアルな対話から「死とのつながりのリデザイン」へ

広がりの地図——内側から外側へ

「Deathフェス」というムーブメントは、まずは内側から、同心円のように広がっていった。

 始まりは、専門家ではなかった。Deathフェスは死生学や葬送、介護の専門職が立ち上げたものではない。NPO法人ETIC.の越境プログラム「Beyonders」をきっかけに、このテーマや場を「面白い」と思った、死についての専門的な知識を持たない人を中心に始まった。

 既存の発想やしきたり、現場のリアリティに縛られていないからこそ、生まれた場だった。

 私たち自身が企画を通して少しずつ死やその周辺に触れ、専門性を持つ人に会いに行き、知らなかったことを知っていくという発見のプロセスそのものが、Deathフェスの企画になっていった。

 それを受けたDeathフェス参加者の、「死について知らないことばかりだということを知った。死について知ること、話すことがこんなに豊かだと初めて知った。この体験をまだ知らない人たちに伝えたい」という思いが、人づてに広がり、「自分ごとで語られるDeathフェス」によって「その活動に興味ある」人がどんどん増えていく。

「死についての興味関心がなかった人が、死を自分ごと化していく」エネルギーによって、Deathフェスはさらに多くの人を巻き込んでいくのだ。

 そして2年目、3年目になってその動きは別の広がりを見せていく。現場での経験や、専門性を持つ人たちが「個人として」賛同し始めてくれたのだ。

 私たちの立ち位置は、「誰にでも必ず死は訪れる」ことを大前提としながらも「死との距離感が少し遠い」というのが特徴だ。死を意識せざるをえない状況にいるわけでもないし、深い喪失やグリーフの中にいるといった当事者性を掲げるものでもないし、専門家でもない。だからこそできることがあると信じている一方で、どうしたら、日々死に向き合い、死に触れている方たちに、この場に共にいてもらえるだろうかということも考えてきた。

 そんな中で、Deathフェスの「アカデミック」キュレーターの二人がこの渦の中に飛び込んできてくれた。生命倫理や葬送における実践者であり研究者でもある彼らが、自分自身の関心から参画し、キュレーターを務めてくれたことで、死や死の周辺を研究する人たちとのご縁がつながっていく。今年はさらに、介護や看取り、老いに深く関わる「ケア」の専門性を持つメンバーも加わって力を発揮してくれた。

 この動きを「面白い」と感じ、この場の可能性を自ら信じて飛び込んできてくれた専門性を持つ人たちが、Deathフェスをより重層的な場へと育ててくれているのだ。

 関わってくれる一人ひとりの「死の当事者」としての思いと行動が、外へと広がる結節点になっていく。 

 外側では、業界からの関心も動きつつある。2025年9月、終活産業に関する国内最大規模の展示会であるエンディング産業展では、死をカジュアルに語れる場である、「終活スナックめめんともり」のオーナーママ村田ますみさんとともに「終活からデス活へ? 『死』をテーマに人が集まる場づくりのコツ」というテーマのセッションに登壇させてもらった。たくさん開催されたセッションの中で、数少ない「満員御礼」となったのは、業界からの注目が高まりつつあることを示している。

 (でも、参加者のほとんどが、「Deathフェス」というものを初めて知った、聞いたことはあるけれどまだ一度も足を運んだことがない、という結果だったのも一つのリアリティだろう。まだまだ様子見の段階でもあるのだ。)

 Deathフェスへの関心は国境も越えた。2025年9月、スイス・ジュネーブに拠点を持つ、国際的NPO「Plenna」からウェビナーでの登壇依頼が届いた。Plennaは、年齢や状況にかかわらず、個人が自分自身や愛する人の死を受け入れ、積極的に計画を立てられるよう情報提供と支援を行う団体である。そこでDeathフェスは、「オープンに死に取り組むことで一般にアクセスしやすくした、世界でも類を見ないユニークでイノベーティブなイベント」として紹介され、代表のDavid Sundland氏には、Deathフェス2026開催にあたって応援メッセージを寄せていただいた。

 韓国の大学院で死生学を専攻する研究者グループからは「韓国は儒教的な伝統が強く、死について語ることがより強くタブー視される社会です。Deathフェスの取り組みが大きな励みになっています」という連絡が届いた。フジテレビとドイツのSPIEGEL TVによる国際共同制作ドキュメンタリー、韓国放送公社(KBS)の取材、ロシアメディアの来場、いつか中国でDeathフェスを実現したいと語る女性、ドバイテレビからの取材依頼——。ジャパンタイムスからは「少子化問題の解決策は何か」というテーマで取材依頼が届いたことも、死と生の問いがつながっていることを改めて実感させてくれた。

 なぜ、これほど広く、響くのか。その問いに向き合うために、少し立ち止まって考えてみたい。

業界の「驚き」が示すもの

 Deathフェス2025を取材した業界紙の編集長は、記事を公開したあとの読者の反応をこう伝えてくれた。「事業者からよく言われたのが、『あんなおしゃれな場所でのクリエイティブなイベントに、あれだけの人が集まるというのが、この業界に身を置く者としてよくわからない。いったい誰が、どういう思いを抱いて来場しているの?』といったような疑問でした」。

 葬儀や終活に関わる事業者たちは、死というテーマのプロだ。でも「人々が死について語りたいと思っている」という感覚は、必ずしも共有されていない。専門的に扱う事業者だからこそ、死は非常に繊細で尊重すべきテーマであり、軽々しく触れてはいけない、という抑制が働くのもあたりまえのことだろう。

 その前提が、Deathフェスの現場では反転する。「死をポップに」扱うことをポジティブに受け止め、「死についてもっと知りたい、話したい」という人たちがこんなに多くいるのかと、驚く様子が随所で見られた。「死について語りたい」「でも普段は語れる場がない」——そういう潜在的なニーズが、実は社会に存在していたのだ。

 代々葬儀に関わる事業を営む方は、私に直接こう伝えてくれた。「ガチの葬儀屋である私から見たら、企画としては稚拙だし全然甘い。けど、一般の人にとってはこれがちょうどいい。これが死の民主化運動なんだなとも思う」と。痛烈な批判のようにも聞こえるけれど、私にはその言葉が「自分たちにはできないことにチャレンジしている」というエールにも聞こえた。専門家であるがゆえに踏み込めない場所があり、門外漢であるがゆえに、ひらける場所があるのだ。

 また、精神的豊かさや内省に関する文化が浸透してきたことも、Deathフェスに関心が集まる背景にあるだろう。Deathフェス2026の「マーケティング×死」セッションで扱った「SBNR(Spiritual But Not Religious:特定の宗教への信仰は持っていないが、精神的な豊かさを求める人たち)」という言葉で近年語られる層のニーズと、Deathフェスのコンセプトは非常に重なるのだ。

 実際に、Deathフェスに来ている人たちの多くは、SBNR層であるという肌感覚がある。

 ヨガはしているけれど宗教的な教えには興味がなかったり、自然の中で心を落ち着かせることや、お寺や神社の静謐で神聖な雰囲気は好きだけど、深い信仰心は持っていない。一見すると脱宗教のように見えるが、実際は、心と体の健やかさや人とのつながり、自然環境との共生などを大切にしていて「祈り」のようなものを日常で実践している人たちともいえる。「特定の宗教をベースにした葬送や家父長制をあたりまえとしたお墓にはNOを示す」かもしれないが、先祖との結びつきや故人を偲ぶ気持ちはむしろ強い。こういった人たちが「死」というテーマに惹かれ、死を通して知る生の豊かさを求めるのは自然なことだろう。

Deathフェス2026アーカイブ:『【マーケティング×死】葬儀は検索に勝てる? AI時代の選び方選ばれ方』牧 貴洋氏(株式会社SIGNING代表取締役)の投影資料より

なぜDeathフェスに来るのか——入り口はさまざまに

 では実際に、Deathフェスに集まっているのはどんな人たちなのか。その入り口は、思っているよりずっと多様だ。 

 たまたま、知り合いが登壇するからとDeathフェス2024のDeathスナックに飲みに来たメンバーは、気づけばカツギテとなり、事務局となった。会社員としての自分の定年後が想像できない中で、とりあえず多くの人に会い、話を聞くことを決めて動いたときに出会った一つがDeathフェスだったに過ぎない。でも、人生の転機を創り出そうと行動し、偶然出会った仲間とともに活動するうちに、幸せな人生を送る人を増やしたい、良い社会の実現に力を尽くしたいという想いが強くなっていく。必ずしも、「死」だけがこの場所にいる理由、活動する原動力ではないのだ。

 長く葬送業界で働くメンバーは、控えめにこの活動をサポートし、業界と長期的な関係を結ぶことに心を砕いてくれている。業界のことがわかるからこそ、あせらずにじっくりと、業界のキーパーソンとのご縁をつなぎ、業界の潜在的なニーズとDeathフェスの接点を作ろうと動いている。

 社会福祉士として働くあるカツギテがDeathフェスに参画したきっかけは、個人的な経験だった。家族の壮絶な闘病と、同じ年に身近な人を立て続けに失うという経験が重なり、疲れ果てながらボランティアに参加したという。「死を悲しみで包んで生きるイベントだろう」と思っていたら、まったくの逆だったと振り返る。「死をポップに語る。カフェで当たり前に死を語れるぐらいのムーブメントを起こす。そんな素敵な仲間に入りたいと思い、今年カツギテになりました」。

 「新しい供養の形」をテーマにアートを作り続けるあるカツギテは、2024年の開催最終日にSNSの投稿を見て、「気になる! 面白そう! 渋谷? ギリギリ行けるかも!!!」という気持ちだけで1時間だけ滑り込みで見に行ったという。「暗く悲観する空気がないイベントの様子に、私と同じ想いの人がたくさんいるのかもしれないとワクワクしたことを覚えています」。

 企業の人事部でたくさんの人生に触れる中で、終わりや死についても意識が向くようになったメンバーは、「可愛く死にたい」という思いにたどり着く。この「可愛い」というのは、表層的なものだけではない。「自分らしさ」であったり、その時代、年代にあった可愛らしさだったり。遺影や棺の中にいる自分の姿は、残された人たちにずっと残る印象だ。だからこそ「可愛い」表情を焼き付けて欲しい。彼女の死生観は、Deathフェスが持つ軽やかさにつながる死生観だ。

 Deathフェスには、若者たちも多く関心を寄せている。事務局であり、Youthチームのリーダーを務める20代のメンバーは、「死にたいと口にする若者たちは、本当は何を思っているのか、なぜ死に関心を抱いているのか、その実態を知りたいという思いがあった」という。

 職業も、年齢も、動機も、バラバラな人たちが、この場所で出会い、つながっていくのだ。

死は、弱さをひらく

 ある事務局メンバーは、こんなことを話している。

「Deathフェスって、『感度と意識の高い人たちがやっている活動』みたいに思われているかもしれないけど、本当は全然そんなことない。立ち止まったり、迷ったり。メンバーそれぞれ、葛藤を抱えながら、ここにいる。だってそもそも、これは仕事じゃない。やらなきゃいけない理由なんて、どこにもない。でも、やりたいんだよ」

 この「やらなきゃいけない理由がないのに、やりたい」という感覚は、Deathフェスに関わる多くの人に共通している。

「死ぬこと以外かすり傷」という言葉の使い方が、Deathフェスに関わるようになって変わったと話すメンバーもいる。「昔は、命さえあればどんな失敗や困難も些細なことだと思える強さのための言葉だった。でも今は、どんな傷ができても、治しながら、味わいながら、自分の一部にしていく。戦うでも、乗り越えるでもなく、”馴染んでいく”という感覚」。

 死というテーマは、なぜかこういう変化を引き起こす。

 それは、死が「誰にでも訪れる」という意味で、完全にフラットなテーマだからではないかと思う。年齢も性別もなく、専門家も素人も「いつか死ぬ」という点では等しく同じだ。その場では、ふだんの肩書きや役割が薄くなり、一人の「生きている人間」として向き合うことができる。

 そして、死というテーマは、「わからない」「怖い」「不安」というネガティブな感情を出しやすい。それが実は、つながりをうむ。自分の弱さや不安を口にできる場は、思っているよりずっと少ない。とくに大人になると、「しっかりしなければ」という圧力の中で、弱さを見せることを無意識に抑えるようになる。でも、死の話をするとき、「わからない」「怖い」と言うことは、恥ずかしいことではない。むしろあたりまえのことだ。

 その「あたりまえの弱さ」を持ち寄れる場があるとき、人は不思議なほど素直になれる。初めて会った人同士が、古くから知っているかのように死の話を始める。第2回でも書いたような、Deathフェスの会場でのあの光景は、そういうことなのかもしれない。

 そして、「死」を意識すると、「自分を刷新すること、自分らしく生きること」への抵抗が薄れ、ストレートに表現したくなる。死は、弱さを引き出す。でもそのおかげで、自分に正直になれたり、人とつながりやすくなれたりするのだ。

専門家にとっても、開かれた場であること

 Deathフェスには、死について何も知らない人だけが来るわけではない。医療や介護、葬送の現場で日々死と向き合う専門職の人たちも、この場に来る。

 仕事の現場では、どうしてもサービス提供者と受給者、支援する側とされる側という関係性が生まれやすい。でも、Deathフェスという「開かれた場」では、専門家であろうと、患者であろうと、誰もが「いつか死を迎える当事者」として等しく並ぶ。それは専門家にとっても必要な場ではないか。

 2024年に開催したDeathスナックで、その価値や意義を実感したエピソードがある。その場には、派手な髪色の若い介護職の男性がいた。最初はとても快活に場を盛り上げていたのに、ふと気づいたら、人が亡くなっていくことが辛い、それを表に出せないのが苦しいと、泣きながら抱えていた想いを吐露していた。

 後から知ったのだが、死生学にはこういった感情を指す言葉があるという。「公認されない悲嘆」——職業的立場ゆえに、悲しんでいいと認められない悲しみのことだ。あのDeathスナックの夜に起きていたことが、その言葉でようやく腑に落ちた気がした。プロである以上感情を抑えなければならないという職業意識、忙しい業務の中で立ち止まって悲しむことができないまま積み重なっていくもの、慣れていってしまう自分を責める気持ち——専門性を持つ人であればあるほど、「支援者としての私」と「個人としての私」の間で揺らぎ、静かに軋んでいることがあるのかもしれない。

 だからこそ、専門家にとっても、こういう場が必要なのだと思う。プロとしての文脈から離れて、ただの「いつか死ぬ一人の人間」として遠慮なく誰かと話せる場所。それが、現場の人たちを静かに癒し、支えることにもつながる。

「現場を知らない人たちが」という批判を受けることもあるけれど、でも、現場を知っているからこそ言えないこと、抱えていることだってあるのではないか。現場の人同士では、出せないもの、受け止めきれないものもあるのではないか。その「言えなかったこと」を、ここでは言葉にしていいのだ。

損得なしに、夢中になれる場

 ここまでは、Deathフェスという「場のコンテンツ」に引き寄せられる人たちの話をしてきた。でも、この場にはもう一つの磁力がある。「つくる側に回る」という体験そのものだ。

 事務局のあるメンバーがふと漏らした言葉がある。「これ、大人の文化祭みたいだよね」。

 文化祭というのは、損得勘定なしに何かに夢中になれる場だ。評価されるためでも、お金を稼ぐためでもなく、ただ「面白いから」「好きだから」「やりたいから」という理由だけで、時間と労力を注ぎ込む。カツギテとは、お金をもらって働くのではなく、「この場を一緒につくりたい」という気持ちで関わるプロボノ的な存在だ。

 でも、「大人の文化祭」にはもう一つの側面がある。「新しい文化や価値観を提示する中心点にいる」という感覚だ。私たちは「自分の死生観を喫茶店で笑いながら語れるレベルまで」10年かけて社会を変えるという、長期的な目標がある。その変革の「最初の3年」に、自分が関わっているという実感。これは単なるイベントの運営ではなく、社会を少しずつ変えていく動きの担い手になるという体験だ。そういう体験は、なかなか仕事の中ではできない。

 死を起点に、「残された時間をどう生きるか」という問いに正面から向き合う機会は、日常の仕事の中にはほとんどない。でも、Deathフェスという場では、その問いが自然に立ち上がってくる。死というテーマを介して、「私はどう生きたいのか」が具体的に迫ってくる。それはキャリアやライフデザインの観点からも、なかなか得難い「越境体験」だ。

 こうして「つくる側」に回った人たちが、場をさらに育てていく。

一般社団法人デスフェスの「インパクトデザイン」資料より:「社会にどんな変化を起こしたいかを考えるための問い」

場を育てているのは、一人ひとりの「持ち寄り」だ

 3年間を振り返って、私が確信していることがある。

 Deathフェスという場は、私とオノリナだけがつくったのではない。集まってくれた一人ひとりが、自分の思いや経験や時間を「持ち寄る」ことで、育まれてきたものだ。

「死について話せる場が、もっとあってほしかった」という思いを持って来た人。「自分の仕事に、何か足りないと感じていた」と吐露してくれた人。「ずっと一人で抱えていた気持ちを、ここで初めて言葉にできた」と教えてくれた来場者。そして「ほんの小さな一歩を踏み出してみたら、人生って想定外だらけで、こんなにも面白いんだと感じています」と言ってくれたカツギテのメンバー。Deathフェス直前に父を亡くし、死や命が伝えてくれるものを味わいながら、当日の運営に携わるメンバー。

 そういう人たちの「持ち寄り」が、場の深さと広さをつくっている。

 事務局のメンバーはこう言った。「ここにいるメンバーは本当に心があたたかくて、大きくて幅があって、いつもたくさんの学びがある。リスペクトと感謝の日々」。

 この「リスペクトと感謝」は、上から下へ与えられるものではなく、横にいる仲間に対して自然と湧き上がる感情だ。仕事でもないのに、損得抜きで、それぞれが何かを共有する。そういう関係性が、ここには生まれている。

 もちろん、「損得なしに夢中になれる場」だけでは、組織として続かないという限界も感じている。善意や熱量を、持続できる仕組みへと育てていく——私たち自身が今、そういう脱皮のさなかにいる。うまくいっているばかりでもないし、様々な苦悩や葛藤もあってあたりまえ。でもやっぱり、「死というタブーを超えていく」その原動力、ソースとなるものは、「一人ひとりの善意や熱量」が「持ち寄られる」という感覚の中にあるのだ。

 大切にしたいものをより大切にしながら、私たち自身が変化を恐れず、10年後を目指して進んでいく。この連帯こそが、Deathフェスというコミュニティ・文化に熱を与え、外へと広げていくソースとなる。

 連帯の先には、誰でもどこで暮らしていても死について語ることができ、安心して最期を迎えられる「コンパッション・コミュニティ」へとつながっていく可能性がある。多様な人たちが「死を起点に」集まり、社会に必要な選択肢やあり様を考える共創プラットフォームとして立ち上げた「Deathラボ」も、それらを支える場となっていくだろう。

 死でつながることは、生でつながることだ。

 その萌芽が、3年の活動から、少しずつ、見えてきている気がするのだ。

2026年3月29日、Deathフェス2026決起会にて

 次回は、もう少し手前の「個人」の話に戻りたい。私はそもそも、なぜこういうことをしているのか。若い頃からずっとあった、「その、『普通』って、なんですか?」という問いのお話をしよう。


記事をシェアする

第3回:なぜ、Deathフェスに人が集まるのか ― 「カツギテ」からはじまる、新しい連帯

by
関連記事