商店街の衰退が叫ばれて久しい。郊外に進出した大型店との競合とそれに伴う中心市街地の空洞化、少子高齢化と人口減による商圏人口の減少、経営者の高齢化と後継者難など、その背後にある要因は日本の社会全体が直面している課題そのものだといえよう。商店街の活性化や再生に向けての模索が各地で続いているが、補助金を中心とした振興策には限界があり、商店街の役割や可能性そのものを見直す動きが広がっている。
そうした中、商店街支援とは無縁だったプレイヤーたちが、商店主や商店会とともに新たな可能性を掘り起こすケースが増えている。
マーケティングプランナーとして活動してきた著者もそのひとり。本連載では、商店街に飛び込んで異彩を放つプレイヤーを訪ね歩き、どんな化学反応から何が生み出されたのか、商店街の未来像を探る。

第17回(最終回) 夢を実装する「暮らしのインフラ」――建築家・西田司氏と探る、これからの街の「解像度」 西田司さん(株式会社オンデザインパートナーズ代表)

なぜ今、商店街に「クロスオーバー」が必要なのか

 本連載「商店街クロスオーバー」では、これまで16回にわたり、日本全国の「商店街の変容」を最前線で追いかけてきた。かつては地域経済の心臓部でありながら、現在は「シャッター通り」という記号で語られがちな商店街。しかし、その静寂の裏側で、福祉、教育、アート、あるいは既存の職能の枠に収まらない新しいプレイヤーたちが、かつての商いの跡地を独自の色彩で塗り替え始めている。

 私がこの連載を通じて確信したのは、商店街の再生とは単なる「売上の回復」ではないということだ。それは、異なる背景を持つ人々や機能が複雑に「混ざり合い(クロスオーバー)」、互いの領域を心地よく侵食し合うプロセスそのものである。この混ざり合いこそが、地域社会を解きほぐす鍵となる。

 最終回となる第17回は、建築家としての枠組みを軽やかに超え、コミュニティの醸成や運営の仕組みそのものを「設計」の主対象に据える西田司氏(オンデザインパートナーズ代表)を訪ねた。クリエイターたちが自在に活動を広げる横浜・馬車道の事務所は、単なるオフィスではなく、街への実験場のような熱を帯びていた。

西田司氏
オンデザインイッカイ。自社オフィスの1階を改修

 西田氏は、使い手の潜在的な創造力を「対話型手法」によって引き出し、公共空間や住宅にオープンでフラットな関係性を実装する建築家だ。彼の思想を象徴する作品の一つに、横浜の住宅地に建つ4戸の集合住宅〈ヨコハマアパートメント〉がある。

 その1階部分は、居住者のためだけの空間ではなく、製作やイベント、あるいは近隣住民との交流のための「広場」として共有されている。居住スペースはすべて2階にあり、1階の広場とは緩やかに、かつダイレクトに繋がっている。「住むこと」と「活動すること(あるいは商うこと)」が物理的にも精神的にも混ざり合うこの場所では、住人と街の境界が意図的に曖昧にされている。

ヨコハマアパートメント(横浜市西区)

 西田氏はインタビューで、「建築物は住む人のインフラであり、生活の器であり、こんな場所に身を置きたいという夢でもある」と語る。建築物の完成はゴールではなく、住む人が使いこなし、変化し続けることで、「完成」に向かって更新され続けるプロセスそのものととらえる姿勢は、完成した瞬間からから老化が始まる従来の建築観への、静かな、しかし力強いアンチテーゼであると私は感じた。

 私がマーケッターとしていだき続けてきた「商店街は暮らしのインフラである」という仮説は、西田氏との対話によってより深く鮮やかになり、「夢」の可能性を感じさせてくれるものへと深化した。

暮らしのインフラとしての商店街

――かつての専門店が整然と並ぶ商店街の風景を、そのまま維持することはできなくなっています。けれど、そこから抜け落ちた場所に、新しいプレイヤーが入り込み、それぞれが実現したい「夢」を叶えるように、商店街は新しい時代の『暮らしのインフラ』へと進化できるのではないでしょうか。

西田司氏(以下西田〈敬称略〉):「夢」という言葉を商店街の文脈で使われたのが、とてもおもしろいですね。今の時代、商店街を「夢の場」と呼ぶ人はほとんどいません。でも、戦後の闇市から始まった商店街の草創期を思えば、そこは間違いなく「自分で商売を始めたい」という個人の夢が形になる場所だったはずです。商店街で夢を実現するということを、この2026年に聴くのがいいですね。

 かつての店主たちは、自身の性格や時代の要請、地域のニーズを天秤にかけながら、「俺は乾物屋が向いている」「自分は床屋だ」と、主体的にその役割を選び取っていました。そこには、商いを通じた自己実現の喜びがあったはずです。しかし、それがいつしか「代々の継承」という重荷になり、創業時の「個人の夢」と「商売」が切り離されてしまっています。

――提唱されている「小商い建築」は、現代における「個人の夢の実現」にどのような影響を与えていますか。

西田:小商いをしている人たちは、必ずしもそれを本業にする必要はありません。平日は設計事務所で働きながら、週末だけお気に入りの豆でコーヒーを淹れる。その行為は、小商いと呼んでるだけであって、「商い」ではない。自分らしくあるための「クリエイション(創造)」そのものなんです。

 「リクリエイション(Re-creation)」という言葉は、日本語では「レクリエーション(余暇)」と訳されますが、語源に立ち返れば「クリエイション(労働)するための身体を作る」という意味です。多くの現代人にとって、週末の休みは「月曜から金曜まで働くための休息」ですよね。しかし、小商いを選択する人々は、土日にあえて「自律的な労働」をすることで、自分自身を再創造している。そこでの労働は、組織から与えられたタスクとは質も方向性も異なる、「やりたいことをやる」という衝動に支えられている。それが、「夢」なんですね。

 小商いという言葉には、「リアルな商いではない」という意味が込められています。リアルな商いは、お金を稼ぐことが大前提になるけれど、そこで夢をすべて語りきるのは難しい。だから小商いなんです。リアルな商いでの成功は難しいので、小商いならやってみようという人がとても多いです。

 小商いで働くことは、意外に持続的なところがおもしろいんです。一般的な消費行動は、お金を払ってサービスを受け、あるいは散財して終わります(笑)。一方、小商いは先週仕入れたものを今週売り、そこで得た資金でまた来週の準備をする。ちょっとした原資と自分のマンパワーがあればできる。このサイクル自体が、活動の持続力につながっているところがとても魅力です。

 私が手伝った相鉄線南万騎が原駅にある「みなまきトライスタンド」は、もともと宝くじ売り場があった、わずか数平米のスペースです。そこを1日1000円で誰にでも貸し出す仕組みを作りました。すると、「自作のアクセサリーを売りたい」という主婦の方や、「趣味の包丁研ぎを披露したい」という高齢男性など、驚くほど多様な人が集まってきたんです。

みなまきトライスタンド(横浜市旭区)

 夢というと大谷翔平のような大きいイメージがあるけれど、小商いでは、肩揉みますとか、包丁を研ぎますとか、ウクレレの演奏を披露することが入ってきます。商いというと重いし、夢というのも重い。商店街でお店を出しませんかというと覚悟を決めなければならないけれど、小商いならばボックスをひとつ借りて売るところからはじめられます。

 小商いの良いところは、対面であるがゆえに「客の反応」という実感値が高いことです。商店街の昔からある洋品店でお話するように、そこでコミュニケーションをして、お互いに気持ちよく会えるコミュニティがあります。多層的なコミュニティがまちにあることは大切なことです。

 ある人のコミュニティが広がっていき、まちの中での役割が生まれていけば、その地域のコミュニティができていくことにもつながっていきます。それが、街のエリアを動かすことにつながっているのではないかと考えています。

 「インフラ」という言葉は、一般的に上下水道や道路、電気などの「なくてはならないライフライン」を意味します。しかし、今の日本において、これら物理的なライフラインに「夢」が入っていないことは、とても残念なことですね。

建築家の領域が「運営」にまで滲み出す理由

――近著『小商い建築、まちを動かす!  建築・不動産・運営の視点で探る12事例』(ユウブックス、2022年)で紹介されている小商い建築の事例では、建築家の関わり方が従来の常識を大きく超えていますね。

西田:建築は器であり、同時にその人の見ている世界を少しだけ実現させる行為です。今の時代、3LDKの均質なマンションや、フロアにカーペットが敷かれただけの無機質なオフィスビルというパッケージ化された「箱」を求めている人は減っています。その人らしく居るためには、お気に入りの観葉植物が一つあるだけでいいかもしれないし、こだわりのカウンターテーブルが一つあればいいのかもしれない。その「らしさ」を共に考えるのが、今の建築家の職能だと考えています。

 大量生産、大量消費の時代は、システム化し量産することが会社や社会にとって重要だったけれど、人口減少しているいまは建物や土地も余っています。例えば、あえて「リノベーション可」として物件を売り出すことは、不動産業者にとっての差別化です。そこには「自分の手を加えたい」という、少し変わった、しかし意欲的な人々が集まってきます。私のオフィスが入居している建物も、そうしたクリエイターたちが集まっています。全体の中では数パーセントのニーズかもしれませんが、その層にとっては「ここしかない」という強烈な動機付けになる。マーケティングでいうところの「ブルーオーシャン」です。

 小商い建築と住宅の相性の良さは、コストパフォーマンスの面にもあります。店舗を構えて別に住宅も借りるとなると、固定費が二重にかかります。しかし、住宅賃料に少しのプラスアルファで小商いスペースが付随していれば、リスクを最小限に抑えて「夢」のプロトタイプを試すことができるのです。

商店街のある街に暮らす価値とは

――特に夢がない人にとって、商店街がある価値とは何でしょうか。

西田:いま「繁盛している商店街」は全国で2%あまりと言われています。そんな元気のいい商店街についてアンケート調査結果にはいくつかの共通項があって、そのひとつが「店が入れ替わる」ことです。店が入れ替わるということは、新しく若い人が店をはじめることが多い。変化はめんどくさいけれど、楽しいんです。変化に体を馴染ませるのは大変だけれど、前進している感覚がある。毎日変化することは大変だけれど、前進することがライフサイクルの中に少しだけあることが、住む人にもとても良いことだと思います。

 日本には四季があるので、前進や変化を感じることができます。そして、街の中で前進や変化を感じることができるのが、街の価値だと思うんです。セレンディビティ(偶発的な出会い)が商業の中で起こせているかどうかが重要です。元気な商店街ではそれが起きているし、大型の商業施設で頻繁に催事やイベントをやることも同じです。今週来たらこういうことがあって、来週来たらこうだったというような変化を感じてもらえていることが大切なんです。例えば、小商い建築的な店を商店街に持ち込むことでも、入れ替わりの粒度が上がります。

 移住者が多いエリアや元気な商店街で共通して聞くのは、「自分と目線の近い人がいるからやっていける」という言葉です。長く続けていくには、同じような文脈で話ができたり、同じような価値観で笑えたりする「目線の近い他者」が一人でもいるかどうかが決定的に重要です。持続的なコミュニティとは地域コミュニティの全体を意味しがちですが、10店舗でも100店舗でも目線の近い人がひとりでもいれば持続するし、いない場合は厳しいのです。

メルボルン市の都市計画から日本の商店街が学べること

――現在(2026年2月26日)、滞在し研究されているオーストラリアのメルボルン市の都市計画から、日本の商店街再生について学べることは何でしょうか。

西田:サバティカルで1年間滞在しているオーストラリアのメルボルン市には、都市計画のガイドラインがあります。そのひとつが「小さく割れ」です。例えば、再開発が起きた時に外資が1区画を買い占めて大きな建物を建て、1階がホテルのロビーなどになると入口は1か所になってしまう。それは『街との接点』が1つということで、ガイドライン的にはNGなんです。大きな施設で仮に30軒の店が入居する場合、30個の入り口をつくることをガイドラインは推奨しています。もともとそこに30軒の店があれば、再開発後も30軒の店を作ってくださいという考え方です。1階は間口が2~3mの小さな、まさに小商いの店が集まる再開発ビルの上は、集合住宅になったりしています。

 不動産から言えば、1軒1軒店を入れ込むことは賃料や管理する手間も増えます。なぜその手間をかけるのかと言えば、まちは小さな店の集合体でできていて、その「街の文脈」を継承することがスタートだという哲学があります。オーストラリアは歴史が浅いので、まちづくりの文脈を継承する戦略が明確にあります。

 日本は歴史があるけれども、商店街の中に集合住宅ができたり、駅前に駐車場ができたり、まちの文脈を継承していこうという建て主は極めて少ないんです。歴史がある反面、日本では新しいものを入れる時に古いものを継承するような厚みをつくる意識が足りない。昭和の高度成長期に人口が増え住宅をたくさん作らなければならなかった時代なら話は別ですが、再開発で下町情緒あふれる街が、ビルが建ち消えてしまう。これは人口が減少するいまにはミスマッチだと思います。

 商店街のような小さな商業の集積地をそのまま商業で継承できなくても、例えば学習塾でもよいので「主体の種類が多い」状態を継承する手法が欲しいです。メルボルン市ではガイドラインでやっているけれども、うまい「作法」のようなものが考えられたらいいですね。その一つとして、まちを動かす小商い建築は役に立つと思うのです。

メルボルンのサウスヤラ郊外の通り沿いに並ぶ、地元住民向けの小規模商店や飲食店、街角の商店。 Doublelee – stock.adobe.com
メルボルンのデグレイブス通り FiledIMAGE – stock.adobe.com

ミックスドユースが商店街の価値

――こうした商店街の再生は、私たちの住環境にどんな好影響を及ぼすことが期待できますか。

西田:日本の住宅政策は、基本的に「静かな住宅街を作る」という政策なんです。でも人がそこにいる価値というのは、安心感があるとか、用もないけど行けるとか、意外に住宅だけで静かに住むことだけを求めてる人ばかりではないのです。

 ミックスドユースという考えがあって、「いろんな使い方が混ざる」という意味です。住宅しかない静かなところで犬の散歩をするのも、もちろんいいのですが、人がいるところを散歩して、なんとなく安心感や「自分の街だな」と感じる感覚があるのもいい。匂いにつられてお惣菜を買うとか、家に帰る前に一杯立ち飲みしてしまうような、商店街は「まちに滲みだしている」ところがあります。夜になってもそこに灯がともり、若い人が奇声を上げながら笑ってるかもしれないけれど、少しガヤガヤしている場所に身を置きたい人たちも潜在的にいるのです。

 日本には静かに過ごせる住宅はたくさんできました。けれど、ちょっとガヤガヤしている中で住みたい人の家は少ない。単身世帯数が非常に多い日本の住宅地を考えた時に、セーフティネットの面から見ても、近所を散歩したら知り合いに会えるとか、夜遅くまで塾に通う子どもたちが明るい商店街を通って帰れるとか、いろんな用途が混じっているミックスドユースな場所が商店街の価値なんです。ガヤガヤしているのが好きな人は商店街に行ったらいいし、静かにいたいなら住宅街があります。

 人口が多かった昔は、高密度な住宅を作ることに意味がありました。ところが、どんどん人口も減って、土地も余っている。人がいる場所は今も密なんですが、密の割には孤独を感じているんです。それはやはり商店街のような……商店街というのは「まち」の言い換えなんですが……まちが人を寛容に受け止めている方がいいのかなと思います。

 イタリア人の趣味はパッセジャータと言われます。パッセジャータとは夕暮れ時に身なりを整えて街を散歩することです。目的は買い物ではありません。街を歩き、人に会うことそのものが目的なんです。歩いていれば誰かに会い、「最近どう?」と会話が始まる。彼らにとって、散歩はセレンディピティ(偶発的な出会い)が起こりやすい状況を自分で勝手に作るということです。日本だと行きつけのバーに行くような話ですね。それがパッセジャータで、道を歩くという行為が趣味というところがおもしろいです。日本でも、昔のにぎわいをどうやって取り戻すかというところから考え方を変えて、商店街を散歩する行為が好きですという人が増えると楽しいですね。

次世代に残したい「商店街」という可能性

 西田氏との対話は、商店街という場所が単なる「商売の集積」という役割を超え、「個人の夢を実装し、孤独を溶かす、持続的なインフラ」へとアップデートされる可能性を、私に強く確信させてくれた。

 私たちが次世代に残すべきは、完成された、あるいは固定化された美しい風景ではない。

 多様な人々がそれぞれの「やりたいこと」を低リスクで試し、失敗し、時には誰かと繋がり、また新しく始めることができる「余白」のある街だ。日々のささやかな、しかし確かな変化。その変化の集積が、「この街は前進している」という希望を住民に与え、私たち自身も次の一歩を踏み出す勇気をもらう。

 西田氏との対話から得た最大の収穫は、「街を動かすのは、大きなグランドデザインではなく、誰かの小さな『やりたい』という衝動の連鎖である」という確信だ。

 建築家はその衝動を育てるための「器」や「環境」を、対話を通じて精緻に作り上げる。そしてマーケッターは、その衝動が街全体に波及し、新たな価値として認識されるための「文脈」を整える。そうやって、いくつもの職能が自身の領域をはみ出し、クロスオーバーした先にこそ、新しい商店街の、そして新しい日本のコミュニティの形が見えてくるはずだ。

 本連載「商店街クロスオーバー」は、この第17回をもって一旦の筆を置く。しかし、私が取材した各地の現場、そして西田氏との対話で描いた未来のビジョンは、今もどこかで誰かの手によって具現化され続けている。

 あなたの街の、あの閉ざされた小さなシャッターの向こう側にも、新しい「夢」の種は必ず眠っている。そのシャッターを、次の一歩で少しだけ開けてみる。その瞬間に、あなたと街のクロスオーバーが始まるのだ。

(2026年2月26日、横浜・馬車道のオンデザインパートナーズ事務所にて収録)

連載「商店街クロスオーバー 多様なプレイヤーとつくる、暮らしと地域の新しいかたち」をご愛読いただき、誠にありがとうございました。(了)


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第17回(最終回) 夢を実装する「暮らしのインフラ」――建築家・西田司氏と探る、これからの街の「解像度」 西田司さん(株式会社オンデザインパートナーズ代表)

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