理学療法士である著者は、東京・府中市で訪問看護ステーションおよび居宅介護支援事業所を運営しながら、カフェや空きアパートを使ったコミュニティ事業を展開している。あそびを通じた表現活動を行うアトリエ、中高生のサードプレイス、菓子工房、銅版画工房などが半径50メートル内に集まる一帯の名は「たまれ」。最寄の多磨霊園駅と、人が「溜まる」をかけて名づけられた。
こうした活動を通して実現しようとしているのは、人と人との「弱いつながり」だと著者は言う。2011年の東日本大震災以降、とみに加速した人と人との「つながり」を絶対視する風潮への違和感からたどり着いた、「たまれ」という名の「場づくり」。その足跡を振り返りながら、医療と患者、医療と地域、人と人の「いい感じ」な関係を考察する。
#15 「つながり」を時間軸で考える
「私は、人間というものが、わからない」
太宰治の『人間失格』に登場する葉蔵の言葉だ。彼が幼い頃から抱えていた人間関係への違和感を表現している。葉蔵は他人の心を理解することができず、それゆえに「道化」を演じ表面的なつながりで自分を守ろうとしていた。
私はその人たちを喜ばせるために、何でもしました。笑わせ、泣かせ、怒らせました。それでも私は、その人たちの心の中に、ただの一度もはいり得た試しがないのです。
太宰治『人間失格』新潮文庫、2006年
葉蔵は、誰かに受け入れられようと必死になりながらも「つながり」を築けずに孤独感を深めていくわけだが、たぶん、僕の中にも近い感覚がある。それに気づいたのは最近だ。それでも、目の前の誰かやその周りの人たちに心地よくいて欲しいと思い、誰かに近づき何かをしようとすればするほど、さらに僕は窮屈になっていく。その感覚は、相手の価値を覗かずに、僕が気持ち良くなるために相手に入り込んでいるいるがゆえに生じるものらしい。だからこそ、自分の思うような反応が返ってこない時は「おかしいな」と感じ、自分が思っていたような反応が返ってきた時は満足するわけで、「お前何様だよ」と言われても仕方ないことをしていたことに気づいた。
最近とあるメディアで、僕個人としてパートナーシップについての取材を受けたのだが、それを機に、自分は何者かを演じていないと人との距離が上手く取れない人間だと気づかされた。
「おいおい、糟谷大丈夫か」という声が聞こえてきそうなので言っておくが、僕にとってこの感覚は悲観的ではなく、決して孤独感を深めることにはなっていない。他者と適切な距離を保てないために感じる「何か」はいまだにあるが、それを楽しんでいるという側面もある。
僕の連載を読んでくださっている人の中にも、このような感覚を持つ人は少なくないと思う。家族との「つながり」、友人との「つながり」、社会との「つながり」など、あなた自身と誰かの「つながり」について、何らかの苦労をしてきた、あるいは、いままさにそんな状況に置かれている人もいるのではないだろうか。「つながり」のような使い勝手の良い言葉は、プラスチック・ワードとして深い意味を持たないまま乱用され世間に流通していく。苦労するならそこから逃げれば良いが、そうもいかないのが「つながり」というものだ。
僕は婚姻関係という法的に定められている「つながり」から2度離脱した。相手があってのことなので離脱したという表現は正しくないかもしれないが、法的な関係を絶ったことには違いない。これは個人的な感覚になるが、社会的にも目に見えている「法的な関係を絶つ」ことで、僕は婚姻関係という「つながり」からは離脱した。
しかし、もう1つ例をあげると、僕は母の直接的な介護からは離脱しているが、法的に親子の関係が絶たれたわけではない。発症から10年になるが、いまだに僕がした判断は正しかったのだろうか、少しでも時間をつくって母の直接的な介護に参加した方が良いのだろうかと思うことがある。婚姻については法的に定められている「つながり」から離脱したことになるが、母の介護に関してはそこから離脱したとしても親子の関係がなくなったわけではなく、戸籍上は親子という関係はいつまでも残っているため、逃れられない「つながり」がそこにはある。
息子としての母に対する想いは繰り返し押し寄せてくるし、あいつは親不孝者だという世間的な目からも逃れられない。近所のおばちゃんに「たまには顔出してあげなよ。お父さんや妹さんが大変な思いをして介護をしているんだから、あなた長男でしょ」なんて言われることもある。すごく煩わしいが、「子が親の面倒をみるのは当たり前だ」という文化はいまだ世間に根強くあることは理解しているので、言われる度に笑顔でやり過ごしている。さらに父のアルコール依存症が追加されたため、僕の煩わしさはより増した。
冒頭から自分の想いを主張し過ぎてしまった。そろそろ本題に入ろうと思う。
誰かとの「つながり」ってなんだろうか。
「紐帯」との出会い
2021年4月に立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科(現・社会デザイン研究科)に入学した。授業は月曜日から土曜日までの5限(17:10〜18:50)と6限(18:55〜20:35)にあり、対面とオンラインどちらでも受講可能なハイブリット形式だった。コロナ禍だった2021年はオンラインで受講する学生が多く、池袋のキャンパス内では学部生ともすれ違うことも多くなかったが、コロナが落ち着いてきた翌年は対面授業が中心となりキャンパスは賑わいを取り戻した。
僕はコロナ禍のM1(修士課程1年)の時も基本的には対面で授業を受けていた。研究をするという目的もあったが、今まで出会わなかったような分野の方たちと関わることで、自分自身も事業にも新しい展開が生まれるのではないかという期待もあったし、それを願っていた。
会社の仕事は通常通り行っていたが、代表が大学院に行くということは「それなりの成果を生む」という覚悟が必要だった。ただ論文を書いて、修士号をもらうだけのために大学院に行ったわけではない。結果として、この思惑は期待していた以上になったと言って良いと思う。こうやって連載を書いているのもそうだし、新しく生まれた関係性も、いただいた仕事もいっぱいあり、今もそれは継続している。それもお世話になった先生方のお陰な訳だが、その辺は機会があったら書くことにしよう。
入学してすぐの授業で「紐帯」という言葉に出会った。「自然学の方法」という授業の中で、グラノベッダーの学説「弱い紐帯の強さ」の紹介があった。これは1973年にAmerican Journal of Sociologyで発表した学説で、簡単にまとめると「強い社会的なつながりを持つ人よりも、弱い社会的なつながりを持つ人の方が、自分にとって新規性のある情報をもたらしてくれる可能性が高い」「異なるコミュニティーを結ぶ『ブリッジ=橋』として役割を持っている」「情報伝播や相互理解を促進するうえで非常に重要な役割を果たす」というものである。例えば「転職の際の有益な情報は親しくない人がもたらす」 という研究結果がある。
先生がホワイトボードに「紐帯」という文字を大きく書き、その横に「=つながり」と書いていたのを今でも鮮明に覚えている。この文字自体はどこかで目にしていたのかもしれないけど、音としてはほぼ初めてきく「紐帯」という言葉が気になって仕方なくなり話を食い入るように聞いていた。自分のために授業をしてくれているのではないかって思うくらい、入学直後のその授業はインパクトがあったのだ。それ以降、紐帯やつながりに関する論文や本を探し、さらに興味を持つようになる。
「懸け橋」から「いい感じ」へ
つながりについて調べれば調べるほど、僕がそれまで感じてきた「地域包括ケアシステム」や「地域共生社会」において使われている「つながり」や、日常で目にするメディアや地域のイベントなどで使われている「つながり」への違和感は増した。はっきりとしたのは、それぞれの主体となるプレーヤーは、いったいどんな目的で「つながり」をつくろうとしているのかが伝わってこないということだ。
「住民と医療福祉との懸け橋になる」
#10 で触れたように、MEDプレゼンというイベントで僕はこのように宣言した。実はこの言葉を2020年までシンクハピネスのミッションとして掲げていたのだが、その後つながりについて調べていくうちに、懸け橋という言葉にも違和感を感じるようになってきたため、思い切ってミッションを変更することにした。ちょうど、FLAT STAND(以下、フラスタ)の管理人や「たまれ」のコミュニティマネージャーをやっている和田や、訪問看護ステーションの管理者である黒沢からも「懸け橋ってなんか気持ち悪くない?」「今となってはうちっぽくないよね」と投げかけられた時期でもあった。いま、会社がどのような姿勢でいるべきか、そのために掲げていることはズレていないか、という視点で見てくれているのでこういう提案は本当に助かっている。
僕が考えていた懸け橋のイメージは間をつなぐ役で、地域で暮らす人たちと医療や福祉とのつなぎ役になることによって、それぞれが思う健康(=いい感じ)な暮らしを実現できると思っていた。しかし、よく考えてみるとこの考え方ってすごく無責任じゃないかと思うようになる。普段、僕らは医療や福祉に属しながら、地域で暮らす人たちと接点を持っている。医療や福祉と地域の間にあるフラスタや「たまれ」という地域に属している場や活動が、まさにつなぎ役になっているのだが、普段からシンクハピネスの看護師や理学療法士、ケアマネジャーなどの専門職が地域に属しているわけではない。そんな医療や福祉の専門職たちが、いくら困りごとがあるからといって、いきなり地域に出ていって問題に向き合うのはなんだかおこがましいのではないかと考えるようになった。ウルトラマンやスーパーマンだって、普段はまちで暮らし、地域で暮らしている人たちと関わりを持っているからこそ、有事に対応ができるんだと思う。
あなた、困っているって言いましたよね。そうですよね、どこどこに課題を抱えていますもんね。わかります。大変ですよね。
実は私たち医療者なんですけど、今のあなたの困りごとを解決できる方法を知っているんです。看護師のAさんという方がいるので良かったらお話聞いてみませんか?あ、Facebookやっています?メッセンジャーを使ってお繋ぎしますよ。Aさんはすごく良い人なんですよ。すごく親身に話を聞いてくれますから。
お二人が繋がったら私はそこからいなくなるので、あとはお二人で話してみてください。私がグループに入っていると話しづらいこともあると思うんで。
では、繋ぎますね。
ちょっとだけ大袈裟に書いたが、こういうことをする人が一定数いる。多分、僕自身もここまでグイグイいっていなかったと思うが、同じようなことをしていたと思う。普段はほとんど関わりがないのに困っている時だけ登場して、医療者の視点だけで「課題を抱えている人」と判断し、相手の置かれている状況やタイミングを考えずにグイグイ入っていく。誰かと繋いだら、私は細かいところはわからないからと言って、はい、さよなら。
「詳しくは分からないんだけど、あの人困っているみたいだから話聞いてもらってもいい?」こういう動きをする人に限って、こんな繋ぎ方をする。実際に話を聞いてみると、実は困りごとは別にあったり、あまり困っていなかったり、医療に関わるのは今のタイミングではなかったりと、そんなことはざらだ。僕自身も身に覚えがあることなので人のことは言えないが。
創業当時から掲げていた「住民と医療福祉との懸け橋になる」というミッションは、このような違和感から、2020年からは「わたしとここで暮らす人と医療と福祉が“いい感じ”になっている社会をつくる」に変えた。
「いい感じ」とは何か
ちょうど僕と同じくらいの世代は「いい感じ」と聞くとある歌を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。1996年に奥田民生のプロデュースでデビューしたユニットPUFFYのデビューシングル「アジアの純真」の初めのフレーズに「いい感じ」が出てくる。
「いい感じ」を普段何気なく言葉にしている人も多いと思う。僕自身も気づくと口に出していることがあるが、多くの場合は深い意味を持たず、目の前に起きていることや自分の気分などを表現するときに使っている。語尾にアクセントがくる場合もあれば、語頭にくる場合もあって、前者は若者が使っているイメージだ。では、高齢者たちはどうなんだろうかと思いカフェなどの街中で他人の会話に耳を傾けていると80歳前後の方(推定)が使っていたりする。これに気づいた時はちょっと驚いた。
では「いい感じ」とは何だろうか。僕が思うに限りなく近い意味を持つ言葉に「ウェルビーイング」というものがある。ウェルビーイングを調べていくと、善き生や福祉、厚生、幸福など、さまざまな日本語訳が充てられていてさまざまな定義があり、これもまたプラスティックワードとして使い勝手の良い言葉になっていると個人的には感じている。世界保健機関(WHO)では「個人や社会のよい状態」としたり、哲学者であるロジャー・クリスプは「誰かにとって本質的に価値のある状態、つまり、ある人にとってのウェルビーイングとは、その人にとって究極的に善い状態、その人の自己利益にかなうものを実現した状態である」などと定義している。このような先人たちの定義を参考に僕は自分が書いた論文で「それぞれが望む健康(心も身体もご機嫌)な状態」と定義したのだが、いま振り返るとこれもまた抽象的だったなと思う。
僕は、僕自身が思う「いい感じ」とあなたが思う「いい感じ」は違うと思っている。100人いたら100通りの「いい感じ」がある。
「健康」を例に「いい感じ」を考えてみても、僕が思う「健康」な状態と、あなたが思う「健康」な状態は違うだろう。例えば、あなたが病院の診察室で健康診断の結果を医師から聞いている場面を思い浮かべて欲しい。そこで、「お酒の飲み過ぎは身体に悪影響を及ぼすので、今日から止めてください」ということを医師から告げられたとする。血液検査の結果をみると、たしかに肝臓の数値は基準よりよくない。一般的にはアルコールを絶つことで肝臓の数値がよくなり、俗に言う健康な状態になると言われている。
医師からお酒を絶つように言われたあなたは医師にこう伝える。「いやいや、先生。それは分かっています。私は自分の大切な人とお酒を嗜むことが生きがいであり、それによって私の健康が保たれるのです」と。健康診断の場において、医師の言うことは科学的には正しいだろう。でも、あなたの訴えもあなたの暮らしにおける正しさである。このような場合、医師とあなたの「いい感じ」の最適解はどこにあるのだろうか。
僕らはそれぞれ、見えているものも違うし、感じていることも違う。目の前に350mlの缶ビールがあったとして、缶ビールの形を問われた時に、立体的に捉えて円柱と答える人もいれば、丸と答える人もいると思う。中には長方形と答える人もいるかもしれない。
僕らが暮らすまちを見渡すと様々な背景を持つ人が暮らしていて、教育機関や行政機関、保健・医療機関、企業、商店などの場で働く人もいれば、住居を構えてそこで暮らしている人もいる。また、そのまちに訪れるだけの人もいるし、通り過ぎるだけの人もいる。このようなさまざまな人たちが望む健康な暮らしをつくるために僕らは医療と暮らしの視点で活動を行っているわけだが、困ったときのみ現れて、科学的に正しいケアを提供するだけでは医療や福祉の正しさを押し付けているに過ぎないと考える。目の前の人が望む健康を考える時に、医療の視点と暮らしの視点がないと、その人の「いい感じ」はつくれない。「本当はこういうケアをして欲しかったけど、医師や看護師が一生懸命やってくれているからそんなことは言えなかったのよ」というのは、よく聞く話だ。
だからこそ、僕らは医療や福祉の専門職だが、普段はこのまちで暮らす一人の人として存在し、まちで暮らす様々な人たちと関わりながら、それぞれの価値を覗くことが大事だと考える。価値を理解するのではなく、覗く程度の距離感でいることが僕らの考え方である。
#12で書いたが、人と人はわかりあえないという前提のもと「いい感じ」をつくるための活動を行っている。だからと言って、わかりあえないから諦めているのではない。僕と誰か、僕らと誰か、医療や福祉と誰かの間にある「いい感じ」を考えた時に、そこにある齟齬をいま埋める必要があるのか、いまはそのままで良いのかの調整を日々行っている。
研究の目的
こんな風に小見出しを書くと研究計画書みたいでなんだか仰々しいが、この後に「つながり」や「弱いつながり」について書く予定なので、僕の研究の目的を簡単に書いておくことにする。
#14の「地域包括ケアシステムと地域共生社会」という小見出しで書いた内容がほぼ研究の目的になるので再度紹介しよう。
政府が掲げる地域包括ケアシステムや地域共生社会という考え方には、明確に人と人とのつながりの再構築が重要であることが示されていると書いた。医療や福祉の専門職が「つながり」が大事であるという考えのもと、地域活動を盛んに提唱している背景には地域包括システムや地域共生社会の考え方が大きく影響していると考える。
しかし、政府は具体的なつながりの方法については言及していない。「つながり」というどことなく響きのよい言葉によって、多くの人たちは「地域でのつながりをつくることは大事である」という幻想を抱いているように思う。つながることの意味を考えずに「私たちは社会にとって良いことをしている」というような、それっぽい活動が増えていることに僕は気持ち悪さを感じていた。
そこで僕が設定した研究の目的はこうである。
- 地域で暮らす人たちが望むそれぞれの健康な暮らしを実現するために、医療や福祉と地域にどのような「つながり」が必要なのかを整理し、人と人がつながるまでにどのような過程があるのか、つながった後はどのような関係が生まれるのかを明らかにする。
- 僕らが「たまれ」の関係性で名付けていた「弱いつながり」とは何なのか、「たまれ」という実践の場において「弱いつながり」がどのように作用しているのかを明らかにすることによって、「たまれ」という場が地域で暮らす人々が望む健康な暮らしをいかに実現しているのかを考察する。
- 以上から、地域の医療福祉だけでなく、子供や高齢者、障害者など、地域で暮らすすべての人々が、その人が望む健康(いい感じ)な暮らしを送るために、医療や福祉と住民と地域の間にどのようなつながりや関係が必要とされているのか、「弱いつながり」が育む新たな医療や福祉のあり方はどのようなものなのかを明らかにする。
つながりとは何か
研究の目的でも書いたとおり、まずは「つながり」を整理する必要があったので色々調べていると興味深い内容に出会った。
『連帯』『交流』『人々との情報交換や学びあい』『情緒的な共感』『ふれあうこと』『社会的ネットワーク』『相互扶助・支え合い』であり、『連帯』や『情緒的な共感』は、つながりの手段ではなく結果である。
鎗田進也(2011)「地域社会づくりにおける「つながり」概念の検討」『立正社会福祉研究』第12巻2号、pp.37-44.
過去の研究者などが報告している「つながり」をまとめた論文に目が留まり、鎗田さんがつながりを手段ではなく結果として考えていることにやけに納得させられた。今まで僕が見てきた「イベントでつながりをつくる」「人と人のつながりをつくる」「つながりをつくることは健康に寄与する」などのつながりは手段ばかりで、その後に何をするかまでを明らかにしていることはほとんどなかったので、まさにこういうことだよなと腑に落ちた。
さらに調べを進めてみると、グラノベッターもつながりについて言及しているのを発見した。彼はつながりを「時間の量、感情の強さ、親密さ、相互の助け合い」という4つの構成概念の組み合わせであると定義し、特に「時間の量」という定義は僕の心に酷く刺さった。どういうことかというと、「つながり」を1点で捉えずに、関わる時間の多さや少なさで捉えているということである。言葉で説明するとなかなかわかりづらいので、簡単な図を載せておくので参考にして欲しい。
あくまでも個人的な意見だが、つながりをつくる、というときのイメージは上の図の1点で捉える、つまりその瞬間のこととして捉えることが多いのではないだろうか。過去にも紹介したが、僕が見てきた「つながり」はつながりをつくってその後は我関せずという、その瞬間の関わりのみとしての「つながり」が多かった。そうではなくて、「つながり」を時間軸で考えると、その時間軸の中で距離が近づいたり、離れたりする余白が生まれるということに気づいた。物理的な距離が常に近い「つながり」があっても良いし、いつもは遠いけれどたまに近づく「つながり」があっても良い。もしかしたら、物理的には距離が縮まらないけど「つながり」がある場合もあるかもしれない。「つながり」にはこんな余白が必要なんだと思う。
鎗田さんやグラノベッターさんの定義を参考にして僕なりに考えた「つながり」の定義はこうである。
「個人、友人、住民、団体、企業等、それぞれが近づいたり、離れたりを繰り返す、流動的なもの」
ポイントは流動的であるというところだ。近づいたり、離れたり、一定の距離を取りながら動かなかったり、ずっとくっついていたり。「つながり」にはそんな自由度があって良いという思いも入れて僕なりの定義付けをした。
もし、僕が考える「つながり」を太宰治が見たら、「つながり」を築けずに孤独感を深めていった葉蔵の関係性への気づき方も変わっていただろうか。何者かを演じていないと人との距離が上手く取れないことが多い、と僕自身のことを紹介したが「つながり」に意味付けをしたことで、誰かとの「つながり」が少し楽になった気がする。
星野太は自著の『食客論』の冒頭でこんなことを言っている。
だれかと生活を共にすることにはいくばくかの喜びがともなうが、そのためには同じくらいの、時にはそれ以上の苦しみがともなう。また、人生のさまざまな場面で他人とうまくやっていくことは、もちろんそれなりに必要なことだとはいえ、そこには名状しがたい泥のような労苦がともなうことも事実である。
星野太(2023)『食客論』講談社BOOK倶楽部
しかしそれでも、われわれはそのような生を生きなければならない――のだろうか。すくなくとも言えるのは、いわゆる通常の「社会」から離脱しようと試みたところで、それはいくぶん空疎な努力にすぎないということだ。
まさに僕が冒頭に書いたようなことを星野さんが言っている。さらに彼は他者との関係から「下りる」ことを選択した場合でも、「それがなかば抽象的な厭世観にもとづく行為である場合、その多くは徒労に終わることをまぬがれない。たとえどこまで遠くに逃げようと、そこにはつねに、ひとりならざる他者がいる。『わたし』はけっしてひとりになれない」と続けた。
「つながり」を「つくる」ならそれなりの覚悟が必要だ、と僕は言いたい。その一瞬だけのつながりではなく、時間軸でつながりを考えるのなら、1回つくった「つながり」には責任を持つ必要がある。それが、医療や福祉などの専門家としてつくるものなら尚更だ。
今回は「つながり」という言葉の整理をした。では、この「つながり」が安心できるもの、つまり僕らが掲げているような、地域で暮らす人たちそれぞれが望む健康をつくるためには、どのような「つながり」が必要なのだろうか。次回は、僕が考える「弱いつながり」を紐解きながらこの辺りの話をしようと思う。