商店街の衰退が叫ばれて久しい。郊外に進出した大型店との競合とそれに伴う中心市街地の空洞化、少子高齢化と人口減による商圏人口の減少、経営者の高齢化と後継者難など、その背後にある要因は日本の社会全体が直面している課題そのものだといえよう。商店街の活性化や再生に向けての模索が各地で続いているが、補助金を中心とした振興策には限界があり、商店街の役割や可能性そのものを見直す動きが広がっている。
そうした中、商店街支援とは無縁だったプレイヤーたちが、商店主や商店会とともに新たな可能性を掘り起こすケースが増えている。
マーケティングプランナーとして活動してきた著者もそのひとり。本連載では、商店街に飛び込んで異彩を放つプレイヤーを訪ね歩き、どんな化学反応から何が生み出されたのか、商店街の未来像を探る。
第6回 「福祉」でつながるまちづくり 小金井市けやき通り商店会×小金井市観光まちおこし協会
福祉でつながり始めた商店街
JR中央線武蔵小金井駅から徒歩5分ほど、小金井街道を北へ進んで二つ目の信号を右折するとグリーンの街灯が並ぶ小金井市けやき通り商店会がある。通りには美容院や医療機関、介護事業所、飲食店、和菓子屋などが住宅の中にまばらに並ぶ。
小金井市けやき通り商店会は、1982(昭和62)年に設立された。「設立当時は通りに店が連なっていたが、いまは店が歯抜けになって住宅街になってきた」と益田智史会長は語る。もともと商売をしていたが店を閉め住宅として使われ、やがて建物自体が取り壊されてアパートが建つ。気がつけば商店街の連続性は失われ、駅から離れたところから店が無くなっていった。
益田会長がけやき通りにステーキが自慢の鉄板焼き居酒屋「ROCK’N KITCHEN あいたい屋」を開いてからもう少しで20年が経つ。開店当時は通りの奥にも何軒か店はあったが、その後どんどん無くなった。いまではけやき通りの中であいたい屋が駅から一番離れた店だ。
2016年に益田会長は商店会長に就いた。結成当時は42店あった会員数が30店ほどに減っていた。会員が少ないと資金も減り活動ができない。10年かけて模索しながら活動を続け、いま会員は52軒に増えた。
商店会は2017年に『みまもりあいプロジェクト』を始めている。高齢者が散歩に出かけたままいなくなるケースを想定し、専用のアプリを使って探し出す取り組みだ。その年の11月に、このアプリを使った「けやき通りdeかくれんぼ」というイベントを開催した。商店会長の益田さんや、当時の小金井市長、消防団長などが迷子役になり、イベントで訪れた人たちのスマホにアプリから捜索依頼を配信し、迷子役を見つけ声掛けをしてもらう仕掛けだ。この試みは、東京都主催の第14回東京商店街グランプリの優秀賞を受賞している。
以前は個人商店で物販や飲食店をしている店に声をかけて商店会員を募っていたが、福祉事業所や介護サービス、保育園、不動産賃貸業者、医療機関……病院や薬局などが新たに加わった。小金井市観光まちおこし協会(以下、観光まちおこし協会)もそのひとつだ。協会が運営するわくわく都民農園小金井(以下、わくわく農園)にあるカフェを運営する障がい者就労支援の事業所も商店会員だ。多種多様な事業者が商店会の活動に共感してくれるたびに会員が増えた。
店以外の事業所に「商店会に入ってください」と言っても、「うちは商売する店じゃないから関係ない」と言われてしまいがちだ。しかし、「福祉」をテーマに商店会が取り組むようになると、「入らないと悪いかな」と地域の事業者の気持ちが徐々に変化した。
市民アンケートで「福祉」に注目
自分が商店会長になった時、何をすべきかと考えた益田さん。
会員のいろんな声を聞いたが、古い会員にはそれぞれの考えがあり、新しい会員はまた別の考えがある。古くから会員だったが会について不満を持っていて、不満を口にしていないだけという人もいた。こっちをやればあっちから文句が出る。最初はやる気で臨んだが、イベントや祭りをがんばれば「お前はイベントをやりたいだけだろう」と言われてしまう。実際、一度イベントをしただけで何か成果が出せるかというとそれは難しい。
何を活動の軸に据えるか? どこからも文句が出るような状況では先がない。ある日、アンケート調査事業「平成28年度地域・まちなか商業活性化支援事業費補助金(地域商業自立促進事業)」があることを知った。「会長や役員が決めるより、市商店会でお買い物をする市民のみなさんの声に応える活動をすれば許される」と考えた。益田さんは活動を決める根拠を持ちたかったのだ。
アンケートでは、まずは「買い物の環境を良くしてほしい」という声が挙がった。次に「高齢者の見守り」や「子育ての応援をしてほしい」「気軽に集まれる居場所をつくってほしい」という声。「地場野菜が買える場所をつくってほしい」という声には、確かに生鮮三品の店が無くなっていたなと感じた。だが、商店会にそんなことを言われても……と最初は戸惑った。
しかし「意見が出たので、これやります」という方針に決めた。商店会の会員に不満はあったと思う。「お前がやることは商店会がやることではない」という会員はいまだにいるが、10年たったいま、多くの会員から「益田さんがやっていることはいいことだ」と言われるようになった。逆に皆が賛成するとちょっとつまらなくなったりする。みんなにあれこれ言われている時の方が、熱かったかもしれないと笑いながら思い返す益田さんだった。
試行錯誤の末、福祉を切り口に商店会活動をしようと考えたが、認知症や介護と言われても商店会には知識がない。そこで、あいたい屋から10mくらいの近所にある小金井市立本町高齢者在宅サービスセンターの山極愛郎(やまぎわ よしろう)所長(当時)に相談した。
商店会が介護を学ぶ
益田会長が「アンケート調査をしたら商店会に介護の対応を求められたが、僕たちは素人でわからない。知恵を貸してほしい」と申し出ると、山極所長も「商店会がそういう気持ちでいてくれるなら、連携しましょう」と協力してもらえることになった。そこから介護を学ぶミーティングを開いた。ミーティングには会員だけでなく、会員以外の事業者や行政や介護事業者、地域包括支援センターの人たちが来て、それぞれの立場から介護の現状を話してもらった。
現場の話を聞いてみると、益田会長自身たくさんの気づきがあった。
同じ街にいながら、介護の現場を本当に知らなかった。課題がどこにあり、どんな苦労があったのか……事業者から生の声をはじめて聴いた。介護の事業者たちも、商店会がこんなに困っている、勢いがなくて辛い、事業承継ができずに廃業しているという現実を知らなかった。同じ街の小さな事業所同士の大変さを語り合い、店も盛り上げたいし介護事業者の応援も必要だと益田会長は感じた。
それならば「おたがいに支え合える関係をつくろうよ」と継続して話し合いの場をつくることにした。それが「みんなの安心・ささえ愛ネットワーク」(みん愛ネット)だ。名付け親は山極所長で、2016年から月に一度それぞれの事業所の状況を話すことにした。益田会長は呼びかけ人代表で、世話人として小金井市観光まちおこし協会の千葉幸二さんが関わっている。
ある事業者が「これで困っている」と聞けば、「我々ならこれが手伝える」とアイデアが出る。みんな儲けたいとはもちろん思っているが、豪遊できるほどのお金を儲けたいわけではない。安心して暮らしていけるくらいの規模の事業がしたいだけだ。
課題を共有するゆるやかなネットワークが起爆剤に
みん愛ネットは福祉を軸に、いまでは保育園や幼稚園、障がいのある方々も加わる。行政もメンバーの一員として参加している。地域の多様な立場の人たちが集まり、それぞれの現状や課題を話し合う場に育っている。
参加している小金井市観光まちおこし協会の千葉さんは「会合が月に一度ずっと定期的に開かれていることが大きい」と語る。参加者が活動を持ち寄り、毎月街の課題や状況を知ることができる。知ってすぐになにかができるわけではない。しかし、街に課題があることを知れば、助け合いや解決できるヒントになる。月に一度開かれる場は、街にメリットがあり、それぞれの事業所にもメリットがある。それが一番大きなことだ。
益田会長も、「この場がなければ一生関わらないような街の課題に触れ、生の声を聴くと助けてあげたくなる。地域でいい関係がつくれている」と感じている。行政も参加者の一員となって加わり「地域ではいまこんなことが課題になっているんだ。何かできないかちょっと考えてみようかな。できるかどうかわからないけれど」と、ゆるいスタンスで関わるのがいい。
一足飛びに解決を目指さず、対話を重ねる。すると解決策は熟成され、参加者それぞれのタイミングで芽を出す。このゆるやかさが、参加者ひとりひとりに主体的に関わる余地を生んでいるのだと私は思う。自分たちの事業のことだけを日々考えていたが、みん愛ネットで街の課題を共有するとこの地域の人々の暮らしについて考えるようになる。ある日「こんなことをやってみようか」という話が出て、集まりはそれぞれが自分なりに頭を働かせるきっかけになっていると千葉さんは語る。そうすると、よその事業者の課題を自分事として考えるように参加者の意識が変わっていった。
みん愛ネットは組織ではなく気軽に参加できるネットワークにした。つながりは油断すると無くなってしまうが、月に一度顔を合わせていたら何かあれば連絡し合える関係性が育っていった。
関係性が広がれば地域経済の循環が生まれる
「商店会が福祉に取り組んで商売にうまみがあるのか?」という内外からの疑問に、益田会長は「これからどんどん高齢化が進み、そこに商機がある。自分たちが食い込む」と明快に答える。
人口が減少し高齢化が進む社会に対応するため何をやっていいか分からないと事業者は言う。しかし例えば高齢者を対象に考えれば、まずは地域の高齢者の知り合いを増やすことが大切だ。高齢者がお店を利用するために必要なこと、例えばステーキ屋だとしたら、ステーキを小さく切ってお箸で食べられるように気遣い、お米は少し軟らかめに炊く。ささやかな努力とお客様との関係性ができると「私はあいたい屋の益田さんを知っているわよ」とお店に来てくれる。「選ばれる努力」をすれば多くの店がある中であえて自分たちの店を選んでくれるのだ。実際に、益田さんが商店会活動に注力するようになってから店の売り上げは3~4倍になった。
消費者が見ているのは値札ばかりで店主の顔は見ていないのでは?とも感じる益田会長。店主の顔が見え関係性ができると、「ステーキを食べるならチェーン店より益田さんの店に行くか」と思ってもらえる。牛の産地にこだわるステーキは安くはない。もちろん店主が生活できる適正な価格にしている。価格競争に走ると安くしても利益を圧迫して続かない商売に足を踏み入れてしまう。安くしてお客様の数が増えても、忙しければ忙しさだけで充足感を覚えてしまい、最後には店の利益があがらず続かない……そんな店ばかりになってしまう。
益田会長はただのいい人で活動を終わらせないように気を配り、「私は金儲けのために商店会活動やみん愛ネットをやっています」とあえて話している。地域の人々が買い支えないと、商店街の店はいつしか一店一店撤退していく。「撤退しないために地域を良くする活動をしているからわかっていてね」と必ず伝える。地域のお客様が店の経営を支えてくれているから、空き時間に地域に還元するのは当たり前。店も住民も経済のキャッチボールをしているのだ。自分の活動は自分の地域に落とし、関係性を広げれば商売として帰ってくる。そういう感覚を大切にしている。
住民の立場から考えても、地域で買い物をすることに意味があると私は思う。地域にお金が落ちれば税収につながる。自治体の財源が増えれば、住民サービスに還元される。地域経済の循環は街の店だけでなく住民にとっても意味があるが、店主自らが「地元の店を買い支えてくれよ」と言える店は少ないのかもしれない。店主が胸を張って言えるくらい街のことについて主体的に活動しているか。商店会が商店会員の利益だけでなく、街全体が元気になる取り組みをしているか。住民の理解を得られなければ、地元の店を利用することにはつながらない。
適正な利益を確保した上で繁盛させるのはとても難しいと益田会長。それができるためには他にない付加価値が必要で「地域のことまでやっている」のも価値の一つだ。「店がそこにあること」に意味がある。例えば、個人店は毎日同じ人が店に立ち、夜もそこに住んでいる。そこにいることが「地域の見守りのインフラ」になる。そのことを地域の人に気づいてもらうことが大切だ。
福祉視点の農業ができる「わくわく農園」誕生
ある時、みん愛ネットの中で「デイサービスの利用者さんがお絵描きしたり将棋指したりカラオケ歌ったりするだけではいきいきした表情につながらないのではないか」という話題が出た。ある施設では、小さなスペースにプランターを置きキュウリを育ててもらったらとても喜ばれたという。自分が植えたキュウリが育ち、それを食べることが喜びなのだ。そこで「福祉要素のある農業ってできないかな?」という話になった。みん愛ネットの中には、駅に近い園庭のない保育園もあった。一日中保育園の中で過ごして、外気浴をさせたいけれど駅近で車がいっぱい通っているし公園もない。「子どもを安心して遊ばせられる環境がないのかな?」という話も出た。
近くに地域貢献を意識されている都市農家さんがいた。高齢者や保育園、商店会に「援農ボランティア」として使わせてほしいと申し出ると、そういう趣旨なら自由に使っていただいていいと協力を取り付けた。農園も先祖代々受け継いだ農地だ。農業をするけれど、主目的は介護環境や保育環境を良くすることだ。商店街はそこでできた農産物を使い、特産品としてメニューに載せたらおもしろい打ち出しができる。企画が温まったころに、ちょうど東京都が農地保全のために農園を整備し運営する事業者を募集していた。その事業に観光まちおこし協会が「わくわく農園」として手を挙げて採択された。
1000坪のプラム畑だった農地を東京都が整備し、わくわく農園が誕生した。併設の販売所にはカフェとラウンジもあり、障がい者の就労継続支援事業所が農福連携の一環で運営している。わくわく農園には、高齢者が講習を受けながら野菜を栽培できるシニア農園や地域の人たちが交流できる地域農園、障がい者の就労支援が目的の福祉農園、小学生の農的体験が目的のこども農園、保育園が園庭代わりに使える共菜園というタイプが違う5つの農園があり、農業+地域交流の使い方をしている。
地域交流で関係性がよくなれば、地域は良くなると益田会長は考える。わくわく農園ができて店の売り上げもあがり、街は活性化するという事例を作ることができた。わくわく農園南側のサツマイモ畑では、秋に収穫祭をして保育園の子どもたちが芋ほりをさせてもらっている。去年は秋にわくわく農園と南側のサツマイモ畑を会場に「わくわく農園感謝祭」をやった。いままでは商店街のイベントはにぎやかしで終わってしまっていたが、みん愛ネットのメンバーに活躍してもらい、商店会員が出店し、隣接するサツマイモ畑では農業者も協力して収穫体験もできた。府中市から羊が来てくれて、畑に放して動物と触れ合い体験ができた。保育園児が楽しめる遊びを用意し、高齢者も楽しめるように工夫した。この日は赤ちゃんからお年寄りまで訪れ、天気にも恵まれて一回目としては大成功だった。
個性を拾い上げつなぐ街
同じ街でそれぞれが独立して事業を営み、この街に関わるやりたいことを役割分担してできるつながりがある。ほかの事業所の人も興味を持ったらコンタクトしてもらいたいし、みん愛ネットとしてもコンタクトしていくことが「街が元気になる」ことではないかと世話人を務める観光まちおこし協会の千葉さんは語る。
事業者も住民もみんなスキルは持っているのだけれど、発揮する場所がない。あるいは発揮できないと思い込んでいる。そういう場合は「ちょっとこれやってよ」と頼み、実際参加してもらうと喜んでくれる人が目の前にいることに気づいてもらえる。みんなが「地域の人とつながっている実感」を持てたら、また来年もやろうという気持ちが湧く。誰かが喜んでくれて、目の前で楽しんでくれる姿を見ると参加したくなる。そういう雰囲気づくりを大切にしたいと益田会長は思っている。
地域の人材を掘り起こしそれぞれの興味に応じて街の活動につないでいけば、商店街は買い物に行くだけでなく自分が商店街と一緒に何かやるきっかけをつくる場になる。事業者や住む人が参画すると、関わる人の個性の分だけユニークな街の暮らしが生まれる。関係性が広がり街に愛着を持つ人が増えれば、商店街は「消費の場」から「創造の場」に変わる。小金井けやき通り商店会やわくわく農園、それらを支えるみん愛ネットは、楽しみながら模索し地域経済を循環させているが、気負いはない。
少子高齢社会をゆるやかに楽しみながら生き抜く街のヒントがここにあった。