
第6回 「雨のみち」から空間と社会をデザインするものづくり 株式会社タニタハウジングウェア 代表取締役社長 谷田泰氏 (後編)
山積する社会課題にビジネスの手法で取り組む「ソーシャルビジネス」が注目を集め、さまざまな分野で創業が相次いでいる。同時に、既存企業が自社のパーパス(存在意義)を見つめ直す中から社会課題へ果敢に挑み、企業価値を高めているケースも増えてきた。本連載では、こうしたソーシャルバリューの実現に成功している既存企業にスポットを当て、各社の経営戦略や具体的な実践手法についてインタビューする。
三人目のゲストとしてご登場いただくのは、東京都板橋区に本社を構え、金属雨とい市場でトップシェアを誇る株式会社タニタハウジングウェアの谷田泰社長。建築の「美」と「長寿命化」に貢献する金属雨といの価値を最大限に引き出し、グッドデザイン賞など多数の受賞実績を持つ。2回に分けてお届けするインタビューの後編では、「雨のみちをデザインする」に続いて生まれた「雨をひらく」というコンセプトや、脱炭素時代における木造化の動向をにらんだ事業展開などについて伺った。
聞き手:中村陽一(株式会社ブルーブラックカンパニー代表)
構成:ブルーブラックマガジン編集部
●谷田泰氏 プロフィール
1964年、東京都板橋区生まれ。立教大学経済学部を卒業後、住友林業株式会社に入社し、住宅営業に9年間携わる。1996年株式会社タニタハウジングウェアに入社し、2003年代表取締役社長に就任。「雨のみちをデザインする」というコンセプトを掲げ、雨といから得られる価値づくりへと視点を変える。工務店・建築家から高く評価される商品開発を行い、2016年、2017年と2年連続でグッドデザイン賞を2つずつ受賞。2022年、創業75周年を機にCI(コーポレート・アイデンティティ)を一新し、コーポレートロゴのデザインを変更。
他に、株式会社タニタ 社外取締役、株式会社吉岡 代表取締役社長、NPO法人緑のカーテンの応援団 副理事長、Tokiwa-Sou 副代表、一般財団法人軽井沢南原文化会 理事、板橋優良法人会 会長、屋根換気メーカー協会 会長。

●聞き手:中村陽一 プロフィール
株式会社ブルーブラックカンパニー代表取締役。立教大学名誉教授、一般社団法人社会デザイン・ビジネスラボ代表理事、社会デザイン学会会長、東京大学大学院情報学環特任教授。
雨といを通じて「雨をひらく」
――前編では三代目社長に就任され「雨のみちをデザインする」という魅力的なキャッチフレーズが生まれた背景や、金属雨といを通じた価値創造とはという問いに向き合うなか、「半丸」というオールドスタイルのヒット商品が誕生するまでの道のりについて伺いました。
耐久性とデザイン性を同時に追求し、晴れの日にも価値のある雨といを提供するという意味では、2016年度にグッドデザイン賞を受賞したクサリトイ(鎖樋)「ensui」もその延長線上に位置づけられる製品なのでしょうか。実に美しいフォルムですね。


谷田 ありがとうございます。鎖といは軒先から吊るす雨といですが、文字通りのチェーン型のほか、銅製のカップを連ねた形状のものが伝統的に利用されてきました。縦といと同様に、軒といで受けた雨を地面へ落とす機能を持っていますが、何といっても水の流れが美しく可視化されるのが大きな特徴です。そのため装飾的な要素も強く、主に伝統的な日本家屋や神社仏閣などに備えつけられてきました。当社でも昔から銅の鎖といを製造しています。
先ほどお話しした半丸の雨といをガルバリウムで開発してみると、やはりガルバリウムの鎖といもあったほうがいいねという話になったわけです。それで建築家の方たちにもご協力をいただき、他社製と自社製を取り混ぜていろんな鎖といを用意し、水をバンバン流して性能実験をしてみました。その結果明らかになったのは、チェーン型の鎖といは雨水がはねやすい。地面に当たると半径1メートルぐらい、しぶきが飛んでしまうのです。ところが、カップ式だとちゃんと流れますし、根元が風で動いても水の流れがちゃんと付いてくる。
そんなわけで、ベースの形はカップ式として製品開発をスタートしました。リーダーは当社初の女性開発者です。まずこだわったのは、やはり建築家の方たちは雨といの存在感をできるだけ消したいんですよね。できるだけシンプルに見せるために、ちょっともっこりしたものとか、逆にスレンダーなものとか、いろんな形を試してみたのですが、やはり普通の円錐型のものがいちばんシンプルに見えるねという結論に落ち着きました。
ただ、カップとカップをつなぐためには、どうしても接続金具が必要になります。普通はそれが外から見えるのですが、下のカップの中に収められるような金具を考え、試行錯誤の末に今のようなシンプルな形を導きだしました。
続いて試作段階に入ったわけですが、ensuiのパーツは柔らかいガルバリウムの板をプレスしてつくっています。ですから、元は1枚の板なのです。それをあのような曲面に成形するのはまあまあ苦労があり、少し時間はかかりましたが、なんとかあの形に収まりました。
発売後も多くの建築家さんに応援していただき、新築はもちろん、チェーンの鎖といの水はねがひどくて困っているというお宅に付け替えを提案していただいたりもしています。住まい手さんは雨水が全然飛ばなくなったとすごく喜んでくださるそうです。今では月100本以上出荷していますね。
ものづくりにおける「銅目線」と「鉄目線」
――2016(平成28)年に発売された「SusCu&スーパー銅雨とい」には業界初の新素材や新技術が使われているそうですが、まず製品としてのクオリティを上げながら、同時にデザイン性も追求していく。そんな御社の姿勢が結実した商品のようにお見受けしました。
谷田 ありがとうございます。SusCu(サスク)はステンレス鋼(Steel Use Stainless)とメッキ処理の約10倍厚い0.1mm厚の純銅(Cu)を原子間で熱融着させたハイブリッド雨といです。接合部が金属結合となるため、剥離や変形に対しても強さを発揮します。
当社製品の基本はまず機能性で、それをきちんと果たすことをとても大事にしています。やはり機能というベースがあってこそのデザインではないでしょうか。
うちが結果として良かったなと思うのは、銅の雨といからスタートしたことです。銅は耐久性が高いので、一度付けたら一生付け替えなくていいイメージがありました。でも実際にはすごく扱いづらくて、ちょっと光が入ると変色しますし、梱包がゆるければへこんでしまいます。ですからその分、品質を厳しく問う姿勢が身についたと思うのです。
もっと言えば、私は以前から、鉄スタートの建材メーカーと銅スタートの建材メーカーは、ものづくりの目線が違うなと感じています。当社は銅スタートですが、その銅目線でガルバリウム鋼板、つまり鉄を扱ったのが結果としてよかったなと思うのです。もちろんその分、コストは高くなったのですが。
もうひとつラッキーだったのは、一般的な屋根材などではなく、自動車などに使われるような、ちょっと柔らかくて加工しやすいガルバリウムがあると、いいタイミングで教えていただいたのです。その結果、この材料だったら我々が目指している美しさを体現できると判断し、半丸の誕生につながりました。
例えば縦とい一つとっても、他社さんの製品はなめらかな曲線ではなく、ちょっと折り目が入っている。触るとわかるのですが、正二十面体というか、カクカクしています。ということは、メッキ層にヒビが入っている可能性も否定できません。見た目ではわからなくても内側にリスクを抱えている製品は販売できないと当社では考え、ガルバリウムにはずっと手を出していませんでした。ところが柔らかい素材があると知り、これならいけるぞ、と。他の部材でも結構いろいろな加工ができるとわかったのも大きかったですね。
ものづくりにおける美を追求し続けてきた当社ですが、見た目以上に、雨といの機能がどれだけ長持ちするか。銅目線でのものづくりが当社の信条だからこそ、そこは譲れない部分で、やはり内側の性能を非常に大事にしています。酸性雨をたらして侵食具合を調べるといった性能テストは常に実施していますし、商品化の一歩手前まで来ていながら十分な性能が確保できず、日の目を見ていない商品も少なくありません。機能性や品質を最重要視する姿勢は、やはり銅目線のおかげだという気がしています。
――今のお話で、銅目線についてはおおよそ理解できたように思いますが、鉄スタートの場合、製品を長持ちさせるとかクオリティを考えるという部分が比較的薄かったりするのでしょうか。
谷田 当社が製品化する前にも、ガルバリウムの雨といをつくっている会社はいくつかあったのですが、主に寒冷地向けの商品として流通していました。先ほど申し上げたように、雨といは今でもほぼ塩ビですが、積雪地域ではそもそも雨といをほとんど付けません。雪の重みで破損してしまうからです。
ところがその手前に、雪はあまり積もらないけれど寒さが厳しいため塩ビが割れてしまうというエリアがある。そういう地域をターゲットとして、塩ビを金属で代替するという、ちょっと不思議な市場がありました。一方当社は主に大都市を商圏とし「塩ビより金属のほうがカッコいいでしょ」という売り方をしてきており、寒冷地向け商品という発想はなかったわけです。
ですから、同じガルバリウムを素材としていても、そうした鉄スタートの建材メーカーと私たちは考え方もお客様も違います。そこを狙ってガルバリウムを始めたわけではありませんが、彼らにしてみたら、自分たちの知らないところで突然市場がつくられたと受け止められているのかもしれません。
雨といを起点とした「空間と社会のデザイン」
――大排水能力性能を誇る大きな箱形の軒といは、公共建築など非住宅の大型木造建築をメインターゲットに開発されたそうですね。軒といの用途が住宅以外にも大きく広がるようで、新たな可能性を感じます。開発の背景にはどんな意図があったのでしょうか。
谷田 カーボンニュートラルな社会への転換が世界共通の課題となるなか、木造建築の促進に国も本腰を入れるようになりました。住宅系の木造建築だけでなく、純木造の中高層ビルがすでにいくつか出現していますし、それこそ住友林業など地上70階の超高層ビルを建設するという構想を打ち出しています。
そうした社会的潮流を背景として当社がターゲットとしているのは、2階建て、せいぜい3階建てぐらいまでの木造公共建築です。幼稚園や福祉施設などが多いですね。そうした建物は、木造だからというのもあると思いますが、あまり箱物にならず、大体屋根が付く。すると、軒といと縦といが必要になります。箱物だと縦といしかいらないわけです。
当社はやはり軒といに強みがあると思っていて、この国策ともいえる木造建築の普及促進という環境下では、必ず屋根のある建築が増えていく。そこをにらんで、大規模木造建築向けの商品として開発したのがガルバリウム雨とい「大型軒とい・たてとい」シリーズです。
公共建築においては耐久性や環境への意識も強いので、塩ビよりも金属がいいよねと言っていただけることも多く、おかげさまで少しずつ増えているという感じですね。市場の拡大に合わせて、まだまだ増やしたいと考えている分野です。
こうして振り返ってみると、やっと社会の未来を見据えたものづくりができるようになってきたということかもしれないですね。自分が代表になった頃は目の前のことで精一杯で、そんなビジョンは何もありませんでしたので(笑)。


――やはり本業の基礎となる部分をまず固めないと、未来戦略から逆算した事業展開というのはなかなか難しい気がします。
やや話がそれますが、私は立教大学在職中、文化庁の「大学を活用した文化芸術推進事業」に採択された「公共ホールのつくり方と動かし方」というプログラムの責任者だった関係で、劇場やホールを設計される建築家の方々と親しくお付き合いさせていただくようになりました。そこで感じたのは、技術の進歩とともに劇場のスペック自体が相当上がってきているということと、劇場の用途や役割についても新機軸がどんどん打ち出されてきているということです。とにかく大きいホールをつくればいいという昔の箱物的な発想は影を潜め、コミュニティとのつながりを考えていくのも当たり前になりました。
そういう経験から考えていくと、非住宅建築にも軒が出現し、軒といが付いていくことによって、空間と社会の新しい関係が導かれるのではないか。私は建築については素人ですが、社会デザインの発想ととても近いものを感じます。
谷田 軒下というのはなかなか不思議な場所ですよね。箱物だと内か外かに空間が区切られてしまいますが、屋根があって軒下があると、内とも外とも言えないような使い方ができます。雨が降っても外にいることができたり、暑い日にも日陰で涼しく過ごせたりする。そういう曖昧な空間は、生活を豊かにする上ですごく大事だと感じます。住宅建築でも、土地の条件さえ許せば軒をしっかり出した設計が増えているように思いますね。
――パブリックな空間とプライベートな空間の中間領域を彩るという言い方がふさわしいのかはわかりませんが、そこをデザインするものの一つに雨といがある。つまり、プロダクトデザインにとどまらず、私たちの行動様式や暮らしのあり方に大きく影響する空間デザインという視点から御社はアプローチされていることを、今日の対話を通じて再認識しました。
谷田 そう言っていただけると嬉しいですね。実はしばらく前から、「雨のみちをデザインする」とともに「雨をひらく」という言葉をよく使っています。ここがHIRAKU IKEBUKUROという場所だから申し上げるわけではないですよ(笑)。雨といの機能とは屋根に降った雨を集め、きちんとコントロールしながら地下まで流すことですが、雨水の流れを可視化することで新たな価値を創造するという、別の役割もあるのではないかと思うのです。
最初のきっかけはまだ私が代表に就任する前、ドイツの建築を視察しに行ったときのことです。雨水利用の施設を訪問すると、縦といに付けて雨水を取り出すための商品があることを知ったのです。後に当社でも商品化したのですが、日本庭園にあるししおどしみたいなので「パッコン」という名前にしました。

これをつくって面白かったのは、ある住まい手さんは、雨が降るとパッコンから水が流れる様子を家族みんなで傘を差して見に行く。また、晩ご飯のときに「次はいつ、雨が降るかな?」という会話が自然と交わされるとおっしゃるのです。
後に鎖といのensuiを発売すると、今度は雨の日の様子を写真に撮ってブログやSNSにアップする住まい手さんが現れました。こうした反応をいただいて感じたのは、雨といには雨に対するとらえ方を確実に変える力があるということです。といの中に閉じ込めるばかりではなく、ある程度コントロールしながら「ひらく」ことによって、雨の違う価値を生み出している。つまり、雨の豊かさが感じられるようになったり、人と雨との関係が変わっていったりするきっかけを当社の雨といから提供できるのではないかと、強く思うようになりました。
それは結局、雨といの価値を再創造することに他なりません。雨の日にしか価値がないと思われていた雨といに、晴れの日の価値を見出そうと奮闘してきたわけですが、さらにもう1回、雨の日の新しい価値を提供できるのではないか。そう感じるようになり、今後も仕掛けていきたいなと思っています。それで売上が伸びるとか会社が急成長するわけではないでしょうが、我々の役割の1つとして重要なのではないか。「雨の日も好きだな」と感じたり、雨水の循環に思いをめぐらせ「雨も大事だな」と思ってくれたりする住まい手さんが増えてくれれば嬉しいですね。
デザイン力の源泉は建築家や工務店とのネットワーク
――谷田さんのお話を伺っていると、空間と社会のデザインをつないで考える建築家の目線に近いような印象を受けます。私はこの数年、建築家の方たちとのお付き合いが深まるにつれ、だんだんわかってきたのですが、魅力的な建築には必ず魅力的なストーリーがありますね。優れた建築家は、ちょっとエモーショナルな部分も含めてロジックを組み立て、そのストーリーをきちんと説明できる。
いま谷田さんがおっしゃった「雨をひらく」というコンセプトは、そうしたアプローチと共通するものを感じました。
谷田 ありがとうございます。この約20年で、いろんな建築家さんやデザイナーさんとお付き合いできるようになったのがよかったのだと思います。建築家の役割も大きく広がり、いろんなタイプの方が出てきているので、さまざまな刺激をいただいています。
一方、工務店さんも、ただ家を建てるだけではなく不動産的な視点をもつところが増えています。自分たちのつくった家を住まい手さんが売らなければならなくなったとき、上物を含めた価値を次につないでいくことが重要ですが、木造建築の場合は20年ぐらいで残存価値がゼロになってしまいます。
この木造建築の長寿命化という部分で我々が貢献できることといえば、まずは木を濡らさないようにして乾燥させるという雨仕舞いの部分ですよね。長持ちする製品をつくることにはこれまで以上に力を注いでいきますが、同時に、工務店との連携をさらに強化していく必要があると思っています。工務店にはさまざまな修繕事例が蓄積されていますが、そこに対して当社が知見を提供したり提案をしたりといった部分がまだ弱いと感じています。その仕組み化を視野に、いまお付き合いのある工務店さんたちと一緒に取り組んでいけたらいいですよね。
国も住宅履歴情報の収集・保存・活用の制度化を進めていますが、不動産価値に反映させる動きが不足しているのかもしれません。あの工務店が建て、その後もちゃんとメンテナンスしているのならこれだけの価値があるという形にしていかないと、たった20年で残存価値ゼロというのは国力としてもったいないですよね。その部分でもまだまだやれることがありそうな感じはしています。
――ただ家を建てるだけでなく、その後のメンテナンスも手がけることで中古住宅の価値を上げるという取り組みは、木造中古住宅の長寿命化という社会課題だけでなく、住まい方や生き方を提案することにもつながりますね。建築家や工務店との連携も含めて、その一連の動きそのものがまさに社会デザインであり、「雨のみちをデザインする」という御社の使命をさらに広げていくものではないかと改めて感じた次第です。
今日はソーシャルバリューの創造をめぐる刺激的な対話を深めることができ、大変充実したひとときでした。長時間ありがとうございました。

(2023年7月13日、HIRAKU IKEBUKURO 01 SOCIAL DESIGN LIBRARYにて収録)
●会社概要
会社名:株式会社タニタハウジングウェア
事業内容:金属製雨とい、屋根材、外壁材等の製造・販売
営業拠点:東京・大阪・名古屋・仙台・秋田
設立:1947(昭和22)年
従業員数:130人
ホームページ: https://www.tanita-hw.co.jp/