東京・杉並の住宅街にある「okatteにしおぎ」は、“食”を中心に据えた会員制のコモンスペースだ。明るく広々とした土間のキッチンとダイニング、ゴロンとくつろげる畳スペースや板の間は、メンバー同士がシェアする「自宅外キッチン&リビング」。ごはんをつくる、一緒に食べる、小商いの仕込みをするなど、思い思いに活用しながら「みんなの“お勝手”」を共に育んでいる。
メンバーの自主的な企画や運営により「まちのコモンズ(共有地)」が形成されていったプロセスをオーナーが振り返りつつ、この場所が生み出す価値を考察する。
第9話 okatteがコロナ禍を乗り切った話
第8話では、okatteにしおぎ(以下okatte)オーナーである私が、okatteオープン2年目の2016年に立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科という社会人大学院に入学し、そこで、「コモンズ」という概念と出会い、okatteが現代の「コモンズ」だということに気づいた話をした。
大学院を無事修了したのは2018年3月だったが、その半年後の2018年10月、私は思いがけなく初期の膵臓がんと診断され、膵頭十二指腸切除術という大きな手術を受け、2か月近く入院することとなった。幸い発見が早かったこともあり、がんは3ミリの小さなものでどこにも転移しておらず、その後1年間の抗がん剤治療を経て、2023年4月の現在も再発転移はなく元気に暮らしている。とはいえ、手術の後遺症と抗がん剤の副作用で、2~3年は腸の不調に悩まされるなど、体調万全とはいえない状態が続いたのも事実だ。
okatte自体は、okatteメンバー(以下メンバー)の活動も活発で、株式会社エヌキューテンゴ(以下N.9.5)の齊藤さんのサポートもあり、運営は順調だった。メンバー数は2016年には一時的に100人を超えたが、その後は徐々に落ち着き、入れ替わりはありながらも、だいたい50人台で安定した。シェアハウスの入居者も皆2年以上住み続け、退去した4人のうち3人は2023年4月現在もメンバーとして活動を続けている。空室が出るとメンバーの中から次の入居を希望する人が現れた。コモンキッチン&スペースの予約状況も好調で、土日は予約で埋まることが多かった。私も体調が良ければイベント等okatteの活動にも参加し、楽しませてもらっていた。
パンデミックによるokatteの一時的閉鎖
そんな中、2019年12月に中華人民共和国湖北省武漢市から始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下新型コロナ)は2020年に入り世界的に拡大した。日本でも3月13日、新型インフルエンザ等対策特別措置法が改正され、首都圏での感染者増加傾向から、3月25日には東京都で「週末外出自粛」、「飲食店への休業要請」などが行われ、2020年4月7日には国から緊急事態宣言が発出されるに至った。当時は世界的に重症者、死者も多く、日本でも著名人が新型コロナで亡くなったニュースもあり、人々の危機感、恐怖感は強かった。
2020年4月はokatteの5周年でもあり、周年祝いのイベントも企画していたのだが、早急に対策を考える必要に迫られた。すでに「みんなでご飯を作って食べる」という活動はしにくく、人が集まる屋内のイベントを開催するのは無理という状況になっていた。また、入居者の中には障害者と接触する活動をしている人もいて、感染によるリスクを避けるため、できれば外部から来るメンバーと接触したくないという要望もあった。このため、N9.5との話し合いを経て、2020年3月28日、一時的にokatteをクローズするという決断をした。
okatteメンバーには以下のようなメールを送付、同じ文章をokatteの入り口にも掲示し、Facebookページにも掲載した。少し長いが引用する。
okatteにしおぎ
ご関係者のみなさま
ご近隣、地域にお住まいのみなさまへ
新型コロナウイルス対応につき、ここ数日の感染拡大状況に鑑み、事業主さんと協議した結果、とても残念ですが、明日より4月いっぱいの間、住んでいる方以外の利用を禁止(一時閉鎖)させていただくことにしました。
okatteは、メンバーが自由に、一定の自治を行うことで成り立っていますし、それぞれの関わりや考えを、なるべく重んじたいと思っています。
感染症に対する個々人のリスクも、危機感の高低も、現時点ではメンバーそれぞれかもしれません。
しかし、自衛のみで対応できる範疇を超える可能性がある場合には、みなさんだけでなく、事業主さんのリスクも増大し、結局okatteが維持できない事態もあり得ます。
現時点では、そのリスクが読みきれず、やむなく、okatteのパブリックスペース(土間・キッチン・板の間・畳スペース)を一時閉鎖することといたしました。
なお、本日時点でokatteにしおぎのメンバー、または利用者から、新型コロナウイルス陽性や疑いの報告は受けておりません。
(中略)
okatteのようなコモンスペース(共有空間)は、このような危機において「不要不急」と思われがちです。
これまでだって、みなさん毎日okatteに行くわけでもないですし、関わっても関わらなくても、メンバーでいてもいなくてもいいわけで、所詮、あってもなくても、いいのかもしれません。
さらに、今回は「共に食べること」が感染のきっかけとなることすら、指摘されてきました。
しかし、そうやって一緒にご飯を食べることで、人類は文化をつないだり、発酵の助けになる菌を引き継いだり、あるいは病気の抗体をつくったりして、暮らし、社会を作ってきたことも確かです。
「共に食べること」は、良くも悪くも、私たちに大きな影響を与えてきたと思っています。
だから、いまは一旦、okatteは閉じていますが、その価値がなくなるわけではないと思っていますし、価値がないから閉じるわけではなく、むしろ、私たちにとって「共に食べること」は、価値や、影響が大きすぎる、のかもしれません。
ひとりで、それぞれのプライベートだけのなかで暮らしても、それなりに幸せに暮らせますが、誰かと一緒のほうが豊かになれることもあるし、ひとりでは乗り切れないことも必ずあります。
ですが、いまは、それぞれが、身を守る時です。
公共施設をはじめ、今後すこしずつ閉鎖する箇所が増え、自粛が続くと、okatteのような「目的なく、距離もとりつつ、誰かといられる場所」は、むしろ新たな役割もあるかもしれません。
また集いたくなったときに、みなさんが「元気で」集まれることを、願っています。
どうかご理解いただき、ご協力いただけますよう、お願いいたします。
引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。
2020.3.28
okatteにしおぎ 運営支援 コーディネーター
株式会社エヌキューテンゴ(まち暮らし不動産)
齊藤 志野歩
※後半の改行位置のみ筆者が修正
okatteを一時的にクローズするという決定は大家とN9.5 の間で決めたのだが、このような措置が恣意的になることを防ぐため、okatteの感染症に対する5段階の「警戒レベル」(平常、予備警戒レベル、警戒レベル1~3)を定め、それぞれ、出入りの制限レベル、出入りできる対象の範囲、利用者の把握について定めた。そして今回は最もレベルの高い警戒レベル3(【閉鎖・制限フェーズ】 すべての立ち入りを禁止)の措置とした。
その後、東京都の緊急事態宣言は5月25日まで続いた。ただ、okatteでは、感染者数がある程度落ち着いてきたこと(2020年第1波の東京都の感染者数は4月9日の256人がピークだった)や、感染防止の方法が見えてきたことから、5月10日の時点で、警戒レベルを2(【制限利用フェーズ】予約利用の他、メンバーの利用についても一定の制限を行う)に引き下げた。
具体的には、コモンキッチン&スペースのうち、一般メンバーについては土間のコモンキッチンのみ立ち入りを解禁(予約、キッチンを使っての調理、飲食は禁止)、板の間・畳スペースは住人のみ立ち入り可能とした。土間と板の間を仕切るガラス扉は基本閉め、住人がテレワークに使えるよう、土間に2台あったダイニングテーブルのうち1台を板の間に上げた。また、コモンキッチンの調理器具の一部を住人用のサブキッチンに移動し、住人がコモンキッチンに入らなくても調理ができるようにした。コモンキッチンへの立ち入りはメンバーのみ5人以内、滞在時間は1時間以内の制限を設けた。
この間の4月5月の会費は返還(現金で返還、または、5周年記念グッズの手ぬぐいに替えての返還を選択)することにした。
その後、第1回の緊急事態宣言が明けた6月1日にはコモンキッチンのダイニング部分のみ予約利用も再開(キッチン使用は不可を継続)した。
こうして振り返ると、okatteを全面的に閉鎖したのは1か月間あまり、予約利用を中止したのは2か月間と、それほど長い期間ではなかった。しかし2020年当時、その2か月はとても長く感じた。さらに6月に予約を再開はしたものの、7月から8月にかけて新型コロナ感染の第2波に襲われたこともあり、予約利用する人はほとんどない状態が続いていた。
私はパンデミックがどう推移していくのかの予測もつかず、皆で1か所に集まって料理をしてしゃべったり笑ったりしながら食べるという「共食」が二度とできなくなることさえ頭によぎり、okatteがこれからどうなってしまうのだろうという不安は強かった。夏になり、キッチンや畳に広範囲にカビが生えているのを発見した時には愕然とした。カビ自体は8月に数人で大掃除をし、消毒もして、除去することができたのだが、人が使わなければ家や空間は本当にあっと言う間に荒れていってしまうのだと実感した。食べ物の匂いがしなくなり、かすかにかび臭くなったokatteのキッチンに入ると悲しい気持ちになったものだ。
okatteという空間が物理的に利用できないことの痛手もさることながら、そのことによって、メンバー同士のコミュニケーションが断たれてしまうことはもっと不安だった。ふだんそこまで頻繁にokatteに集まるわけではなくても、ちょっとしたイベントやokatteアワー(平日18時~21時、メンバーが200円の水道光熱費を払って自由にご飯を作って食べられる時間)に気軽に立ち寄ってそこに居る人と声をかわし、しばらくしゃべりこんだりすることで、okatteメンバー同士、近況を知ることができ、毎日顔を合わせている人にはなかなか言えないことをたまたまそこで会った人に話すことで気持ちが楽になる、あるいは、ちょっとやってみたいことをそこにいたメンバーと実現させるといったコミュニケーションがなくなってしまうことによって、okatteという場における「コモンズ(共)」(第8話参照)の領域の豊かさが枯渇してしまう恐れもあった。そうなれば、okatteメンバーでいる意味もなくなってしまうのではないか、退会が相次ぎ、okatteが立ち行かなくなるのではないかという不安もあった。
コロナ禍でもできることの模索
もちろん、ただ手をこまねいていたわけではない。okatteという物理的な空間で集まることがむずかしいのなら、オンラインで集まってみよう、ということで、ビデオ会議アプリのZoomを使い、曜日を決めて昼と夜の一定時間、メンバーなら誰でも出入り自由な「okatteアワー ONLINE」をすることにした。誰もいない時もあれば、数人が参加して、お酒とおつまみを見せ合いながらおしゃべりをする時もあり、子どもやペットの犬も参加するなど、おたがいokatteでは見られない自宅での様子も見ながらのリモートokatteアワーとなった。
また、リアルなokatteでも工夫をした。閉まっているokatteの玄関前に「(okatteにしおぎに)また来tie(たい)」と名付けたokatteカラー(ロゴに合わせた黄色と青)のリボンを置いた。メンバーが(でなくても)前を通りかかったらそのリボンを玄関脇の木の枝に結んで、「okatteにまた来たい」という希望を表明しようというものだったが、メンバーだけでなく、近所の子どもたちもおもしろがって結んでくれた。
玄関前にはガチャガチャの機械も置いた。これは、もともと、okatteへの立ち寄りやokatteアワーの利用料をメンバーが払う時に使っていたものだ。それを転用して、100円でおみくじ入りのカプセルが出てくる(時々アマビエの疫病退散お守りが出る)というお遊び企画だったが、こちらもそれなりに遊んでくれる人がいた。実はこのおみくじの絵はデザイナーの住人が描いてくれたものだ。
住人の存在はこの時期のokatteにとって、非常に大きかったと思う。コモンキッチン&スペースへの外からの出入りを制限している間も、住人がいてくれたおかげで、okatteは完全な無人にならずに済んだ。緊急事態宣言に際して住人も在宅ワークになったが、住人の中には仕事で大きなモニターを使うため、個室では手狭になり、昼間、okatteの板の間で仕事をするようになった人もいた。メンバーがokatteの前を通りかかった時、室内に住人の姿が見え、夕方明かりがついているのを見かけると、コロナ禍でなかなか人と接近することができないなかでも、メンバーの存在感を感じられるという効果もあった。
第2波が収束の気配を見せ始めた2020年9月、okatteは警戒レベルを「予備警戒(【経路記録フェーズ】予約利用時の来訪者について、後日連絡できる個人情報の提供を求める)」に引き下げ、飲食を再開することとした。再開とはいっても、体温チェック、接触確認アプリの有効化、マスク着用、手洗い消毒、手拭き用タオルやふきん等の持参、料理は大皿でのとりわけをせず個別の皿で提供、といったことをお願いし、一度に入れる人数は10人までとした。一方、3時間以上の予約については掃除や消毒のため1時間の予備時間を無料でつけることとした(2021年3月31日までの時限ルール)。また、家族や友人での利用しやすさを考え、土日祝日の18時~21時については全面予約3時間3000円の「リーズナブルな予約タイム」とした。
この時に新設したのが「ワークメンバー」だった。これは、メンバーに在宅勤務の人が増え、中には家族と在宅勤務が重なることでストレスが増えたり、毎日自宅にこもって仕事をすることに疲れたりするということから、ある程度のまとまった時間、予約ではない形でokatteで仕事ができないかという声があったことから生まれた。
「ワークメンバー」になると、月3000円の会費で、週2回の「ワークデー」に限り、9時から18時まで、時間制限なしでokatteに滞在することができる。
従来の「小商いメンバー」(okatteにしおぎの飲食・菓子製造の営業許可に基づき利用する個人)については、「ワークメンバー」の中の「食のワークメンバー」に変更し、より使いやすい料金体系にするとともに、事前審査の実施や一般のメンバーとの区別(オープンデーでの飲食提供資格、ワークデーにキッチンの予約利用ができるなど)の明確化を行うこととした。
こうした対策はしたものの、実際には、2020年秋以降も新型コロナの流行は続き、2020年冬の第3波から2022年冬の第8波にいたるまで、飲食を伴う予約自体は低調だった。ただ、okatteのメンバー自体については、利用できなかったことを理由に退会した人もいるものの、新規の入会者もあり、会員数はほぼ変わらずに推移した。在宅勤務や不要不急の外出自粛などで、地元で生活する時間が増え、西荻窪界隈などはむしろ人出が増えたような感じもある中、okatteを知り、メンバーになることを選択してくれた人もいた。週2回の「ワークデー」に「ワークメンバー」が仕事をしに来るようになったこともokatteが場としての生気を取り戻すきっかけになった。
「みんなで作って食べる」ことはあまりできなかったが、メンバーの中には「食べない」活動を工夫してやってみようという動きがみられた。ダーニング(擦り切れたり穴が開いたりした衣類をきれいにかわいく補修する、イギリス発祥の手芸)や金継ぎ(割れや欠け、ヒビなどの陶磁器の破損部分を漆によって接着し、金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法。最近は新漆や真鍮の粉を使った手軽な方法もある)のような手仕事のワークショップ、黙って読書タイム、造園家のメンバーに教わり庭木の手入れをする「園芸部」の屋外活動などだ。メンバーの実家や友人からミカン、なまり節、トマトといった生産物を送ってもらったり、メンバーが愛用している靴下を数人でいっしょに注文したりする共同購入は、直接会わなくても、okatteを拠点に同じものを分け合うことでメンバー同士のつながりを感じる機会になった。
回数は少ないが、食に関する活動も行われた。2年に1度メンバーのご近所さんから大量に分けてもらう橙(だいだい)を使ったジャムづくりやokatteの入り口横の柚子(ゆず)の実を使った柚子胡椒づくりが行われた。
中でも、2018年に始まった年末のおせちづくりがコロナ禍でも中止されずに行われたことは特筆すべきことだ。このおせちづくり、「作りたい人が作りたいものを作って欲しい人で分け合おう」ということで始まったのだが、2019年までは、作ったおせちは、重箱などを持参してokatteできれいに詰めて持ち帰っていた。しかし、コロナ禍で大勢の人が集まるのは避けたいということから、保存容器でのテイクアウト方式に変更した。学校の給食を手掛けている管理栄養士のメンバーが中心になり、衛生面を考慮し、一度にキッチンに入る人数を5人以内に抑えるように調理の手順や段取りを調整し、人数分のおせち各種をそれぞれの保存容器に分配するという、まるでミニ給食室のような光景がokatteで繰り広げられた。庭の葉蘭(はらん)や千両(せんりょう)の実も飾り用に配り、それぞれが自宅で詰めたお重の写真がSNSにアップされたのを見るのがとても楽しかった。
2021年以降は、2か月に1度のオープンデーも再開された。まだ、飲食は不可の「はんびらきオープンデー」になったが、「食のワークメンバー」の手作り焼き菓子やメンバーの実家の農産物などの物販、さらに、「手作りラー油ワークショップ」やメンバーの子どもによる「にがおえやさん」(店主の気分次第ではあるが、人気のためレギュラー開催となった)のように飲食を伴わずに楽しめる出店が行われた。室内の人数を増やさないため、okatte北側の駐車スペースにテーブルと椅子を用意するといった工夫もした。コロナ禍前とは違う形ではあるが、のんびりとokatteのメンバーと交流できる場として、メンバーや近所の人の中には毎回楽しみに来てくれる人も出てきた。そんなことからも、okatteがコロナ禍の痛手から徐々に回復してきていることを実感することができた。
コロナ禍を生き延びた「コモンズ」
コロナ禍まっただなかの2020年7月、私は一つの新聞記事に打ちのめされていた。「ウイルス禍と文化 親しみが不信に変わった中で…我々は酒場を取り戻せるか」(東京新聞2020年7月8日夕刊)というタイトルのその記事は、コラムニストの稲垣えみ子さんが、1回目の緊急事態明けに近所の行きつけの居酒屋に行った時のことが書かれていた。店の再開に喜び勇んで出かけた彼女だが、飲み始めてしばらくして、自分が楽しめていないことに驚く。それは、自分がそこにいる人たちをなんとなく疑いの目で見ていることに気づいたからだった。親しみを感じていたはずの人々の賑わいや喧噪に不信感を持つようになり、「正しい」行動をしていない人を否定する気持ちが生まれ、孤独感に襲われる。稲垣さんは「孤独はウイルスよりずっと強力に人をダメにするように思う」と書いている。
2020年から続いたコロナ禍のokatteの2年間は、「人をダメにする孤独」にどう立ち向かい、乗り越えるかという過程だったように思う。どんなに親しい間柄であっても、「ここにいる誰かが感染していたらどうしよう」「マスクをはずして食べたりしゃべったりして大丈夫なのだろうか」という疑いや不信感は心のどこかにこびりついて離れることがなかった。そうした不信感は人と人との物理的な距離だけでなく、心理的距離も広げてしまう。それは人が集まり場を共にすることで成り立っているokatteというコモンズ(共有地)にとって、かなりダメージが大きい。「みんなでご飯を作って一緒に食べる」ことができなくなれば、okatteというコモンスペース&キッチンを核とするメンバー同士のつながりも薄れてしまい、okatteの存在価値もなくなってしまうのではないか。当時の私はそんな悲観的な予測をし、不安でいっぱいだった。
しかし、okatteはコロナ禍を生き延びることができた。okatteメンバーは、不信や疑いを持つそれぞれの心を否定するのではなく、「みんなでご飯を作って一緒に食べる」だけではないokatteというコモンズでの暮らし方や楽しみ方を次々に生み出し、それが、新たなokatteの利用法として定着し、メンバーのつながりを維持していったのだ。
最初にトライした「okatteアワーONLINE」は数か月でなんとなく立ち消えになった。その一方で、いっしょに食べることにこだわらず、「ワークデー」を皮切りにokatteという場所を活かして感染の不安を持たずにつながることのできる仕組みのアイディアが生み出され、それをメンバーが楽しむようになった。共同購入の拠点、マスクをしていてもできるワークショップ、okatteの中だけでなく戸外を利用した遊びなどがその例だ。
また、おせちづくりのようにokatteの年中行事として行われてきたことを、コロナ禍でも中止とせずなんとか状況に合わせた形で続けようと、メンバーが尽力したことも大きかった。そのおかげで、okatteという場所とそこで培われたメンバーのつながりの両方とも生きのびることができたのだ。okatteというコモンズは、オープンから5年を経て、「共有の場所」としても「共」的な関係性としても、オーナーの私が思う以上にたくましく育っていたようだ。悲観的な考えにとりつかれていた2020年当時の私を思うと、ちょっと恥ずかしくなる。
こうしてコロナ禍を乗り切ったokatteは、2023年、あらたなフェーズに入ろうとしているように見える。次回はいよいよ第10話(最終回)。ということで、okatteの今とこれからの話。