山積する社会課題にビジネスの手法で取り組む「ソーシャルビジネス」が注目を集め、さまざまな分野で創業が相次いでいる。同時に、既存企業が自社のパーパス(存在意義)を見つめ直す中から社会課題へ果敢に挑み、企業価値を高めているケースも増えてきた。
本連載では、こうしたソーシャルバリューの実現に成功している既存企業にスポットを当て、各社の経営戦略や具体的な実践手法についてインタビューする。
お二人目のゲストとしてご登場いただくのは、富山県高岡市に本社を置き、国内外に7拠点を構えて商社活動を展開するホクセイプロダクツ株式会社の冨田昇太郎社長。45年前、地場産業のアルミを中心とする金属商社としてスタートし、近年は地域特産品の輸出入などのライフスタイル事業にも進出している。
「商社はソーシャルビジネスだ」という信条や「地域の価値を世界につなぐ」ための事業手法がテーマの前編に続き、後編では昨年オープンした「アフターコロナ時代の新たなサードプレイス」のお話を中心に伺った。
聞き手:中村陽一(株式会社ブルーブラックカンパニー代表)/構成:ブルーブラックマガジン編集部
第4回 「アフターコロナ時代の新たなサードプレイス」からの発信――対話を通じてソーシャルビジネスのヒントをつかむ場に ホクセイプロダクツ株式会社 代表取締役社長 冨田昇太郎氏(後編)
●冨田昇太郎氏 プロフィール
三井物産株式会社、日本軽金属株式会社を経て、1999(平成11)年、ホクセイプロダクツ株式会社 代表取締役社長に就任。商社という立ち位置から地域資源の発掘を行い、それらを国内外の他の地域につなげることで新たな価値を生み出す「ソーシャルデザイナー」を志す。北海道、東京、富山、京都、沖縄、米国のポートランド、スウェーデンのストックホルムに自社のオフィス拠点があり、各地をつなぐネットワーク力が強み。ホクセイ金属株式会社、ホクセイトレーディングASIA、ホクセイヨーロッパ、ホクセイノースアメリカの各代表を兼任。立教大学社会デザイン研究所研究員。慶應義塾大学法学部政治学科卒(国際政治学専攻)。
●聞き手:中村陽一 プロフィール
株式会社ブルーブラックカンパニー代表取締役。立教大学名誉教授、一般社団法人社会デザイン・ビジネスラボ代表理事、社会デザイン学会会長、東京大学大学院情報学環特任教授。
「現代の北前船®」として国内各地の地域資源を発掘
――前編では北欧やアメリカ・オレゴン州といった海外との取引を中心にお話を伺ってきましたが、国内でも本社のある高岡や東京に加え、北海道・京都・沖縄にも拠点を構えていらっしゃいますね。「地域の価値を世界につなぐ」という理念のもと、国内事業はどのように展開されていますか。
冨田 基本は海外事業と同じで、その地域で眠っているもの、もしくはその地域ではよく知られているにもかかわらず、域外での理解が及んでいないものに着目します。そこに私たちのような外部の力を活用して付加価値を高め、外につないでいくという発想です。
例えば、札幌には「札幌スタイル」という地元でつくられたクラフト製品のセレクションがあり、札幌市経済局が「札幌らしさ」を基準に審査・認証をしています。ところが、せっかくいいものをつくっているのにプロモーションの部分が弱いのです。展示会を開いたりはしているのですが、単発のイベントで終わってしまっていたんですね。
そこで、高岡と札幌がコラボレーションして、新たなものづくりを展開していきましょうと、弊社からご提案をさせていただきました。札幌には都市としての世界的な知名度がありますが、ものづくり、特に工芸品の歴史はそう長くありません。一方、高岡は銅器をはじめとした鋳物などを中心に、400年以上の歴史があります。しかし、札幌オリンピックのような国際イベントは開催していませんので、世界には知られていないのが実情です。
そこで、お互いにないものを埋め合わせつつ強みを掛け合わせる方向での協働事業をご提案し、「札幌スタイル」と高岡の伝統工芸とのコラボレーションがスタートしました。展示会の開催などはもちろん、札幌の木工品と高岡の金属加工材料を組み合わせた新商品なども開発しています。こうしたマリアージュにより互いの価値を高めていくためのお手伝いも、商社の重要な役割だと思っています。
商社の豊富なリソースに着目を
――いま伺った地域間連携の方法論は、まちづくりやコミュニティデザインの分野における発想と実に共通していますね。地元の人にとっては変わりばえのしないものでも、外から来た人間にとっては魅力的なものがたくさんあります。ところが往々にして、その価値に気づいていなかったり、あるいは発信する方法がわからなかったりというケースが少なくありません。そうした眠れる地域資源を発掘し、外につないでいくことで地域の活性化が図られます。その過程では、外部のコーディネーターなど専門性をもった人の力を借りることも重要ですね。
冨田 おっしゃる通りですね。内弁慶にならず、外の人と積極的に交わってこそ、地域の価値が外へとつながります。江戸から明治の時代にかけて日本海で活躍した北前船は、まさにそういう役割を果たしていたと思うのです。例えば中国から運ばれてきた薬草が、琉球で薬の原料になり、それが富山に運ばれ、薬売りが全国へ売り歩く。ある地域の資源を拾い上げて他の地域へ持っていくと、新たな価値が生まれるわけですね。その仲立ちをしていたのが北前船で、まさに商社の原点なのです。
そんなふうにいろんなステイクホルダーを組み合わせることで地域の価値が高まり、課題を解決する道筋も見えてくると思うのです。それはまさに、ビジネスの手法で社会課題に取り組むソーシャルビジネスの発想そのもので、商社はそのリソースを豊富に持っています。にもかかわらず、そこにまだ気づいていない関係者が多く、実にもったいないな、と。そんな思いもありまして、「商社はソーシャルビジネスだ」と折に触れて発信している次第です。
「体験」と「知的探究心」を二大テーマとするサードプレイス
――今日お邪魔している新オフィス「Otava Hokusei(オタヴァ・ホクセイ)」は、御社のソーシャルビジネスとしての側面をより鮮明に打ち出していく拠点としても構想されていると伺っています。コンセプトは「アフターコロナ時代の新たなサードプレイス」ということですが、まず建設計画が持ち上がった経緯からお聞かせいただけますか。
冨田 コロナ禍により、本社に社員が集まって勤務する効率性が、必ずしも社員のウェルビーイングに結びつかないことがわかりました。それなら、富山県内に複数の事務所を構え、営業途中の社員が立ち寄ったり、自宅に近い場所で働いたり、それぞれのスタイルに合わせた働き方ができるような体制へ移行すべきではないか。そう考えるようになりました。
同時に、オフィス環境そのものもすごく大事だと感じるようになったのです。本社が入っているのは高岡駅前にある14階建てのビルですが、そういう近代的なオフィス空間で働いていると、知らず知らずのうちに、従来からの大量生産・大量消費型の働き方になってしまっていたと思うんですよね。そこで、リモートワーク用のオフィスを本社とは別に開設し、新しい働き方やライフスタイルの発信拠点としても位置づけようと考えたわけです。場所については、高岡市内の住宅地にある老朽化した自社倉庫を取り壊し、その跡地を充てることにしました。
冨田 建物の設計・施工にあたっては、自宅を建てた際にもお世話になったミサワホームさんに多大なるご協力をいただきました。場のコンセプトや室内環境など、私たちの希望を大変よくくみ取ってくださり、感謝しています。
「Otava」とはフィンランド語で北斗七星という意味で、弊社の拠点が国内外7カ所にあることにちなんでいます。また、北斗七星は「人生を見守る星」とも言われており、この場に集う方々と新たな価値を創造していく試みを見守ってほしいという願いも込めました。
現在はまだコロナ禍が続いていることもあり、社員のリモートワークやワークショップ、またお客様をお連れしての商談などに使うことが多いのですが、ここでは今までと違う働き方ができると実感しています。ちょっと音楽を流したり、コーヒーを飲んだり、大きな窓から木を眺めたりするとリラックスできますし、発想も柔軟になるという声が社員からも聞かれます。やはり、オフィス環境は仕事の質を大きく左右することがよくわかりました。
冨田 今後は「アフターコロナ時代の新たなるサードプレイス」というコンセプトを体現するための取り組みを進めていきたいと考え、「体験」と「知的探究心」を二大テーマとして掲げています。
「体験」についてはいろいろなメニューを考えていますが、まずは地元の富山や弊社関連企業の価値ある製品を実際に手にしたり味わったりしていただく場にしていきたいですね。富山県氷見市のクラフトビールブルワリー、ブルーミンさんのクラフトビールを味わっていただくのもその一つですし、またOtavaのインテリアにはデンマークの照明や北海道旭川産の家具を使っていますので、優れたデザインや機能を体感していただければと思っています。
――このOtava Hokuseiという場は、御社がこれまで取り組んでこられたさまざまな事業の結節点でもあるということですね。
冨田 本当におっしゃるとおりだと思います。商社として各地で展開してきたことを一つの形として体現したのがこの場所なのかなと思うと感慨深いですね。
もう一つの「知的探究心」ということでは、中村先生にもご協力いただきながら、ここの本棚を「ソーシャルデザインライブラリー」として整備していく計画です。池袋で準備を進められている「HIRAKU IKEBUKURO ソーシャルデザインライブラリー」ともぜひ連携していきたいですね。
ソーシャルビジネスを生み出す場
――ここを拠点としたソーシャルビジネスの創出にも取り組んでいかれる計画だと伺いました。
冨田 いま企画を進めているのが、中小企業を対象としたソーシャルビジネスの研修です。新しいビジネススタイルへとシフトする必要性を感じながらも何から手を付けていいのかわからない、あるいは「社会課題をビジネスの手法で解決する」とはどういうことなのかがイメージできない人は、まだたくさんいらっしゃると思います。
一方、ソーシャルビジネスやソーシャルデザインの入門的なことなら私たちでも説明できますし、ビジネスの経験もあります。ですから「こういう小さなことでいいんですよ」「こんなことから始められたらどうですか」といった対話を通じて、ご自分たちのソーシャルビジネスを新たに立ち上げるきっかけをつかんでいただく。そんなプログラムが展開できたら、この場所もさらに生きてくるのではないかと考えています。
――「CSR経営やサステナブル経営が大事だといわれますが、わが社は具体的に何をすればいいのでしょう」と、私自身もご相談をいただくことが少なくありません。また、社会課題イコールSDGsだということで、「わが社の事業は何番に該当します」と言ってお茶を濁す風潮もなきにしもあらずです。しかし、「社会課題に向き合う」とはどういうことかを掘り下げ、本業を通じて展開していくのが本来のあり方だと思うんです。
そういう意味でも、御社のビジネス経験を伝えてくださること自体に大きな意義がありますし、そうした活動をOtava Hokuseiのようなサードプレイスで展開していくことで、講演やセミナーなどとはまた違った発信になっていくのではないか。そんな予感がして、大いに期待しています。
冨田 ありがとうございます。もちろん、私たち自身も道半ばですから、教えて差し上げるというよりも、経験を分かち合い、新しいビジネスのあり方を一緒に模索していこうというスタンスです。
実は弊社自身も今後はさらにビジネススタイルを大幅に変えていく必要があると感じています。私がいま考えているキーワードが3つありまして、1つめは「プレミアムな」、2つめは「ブティックな」、そして3つめが「ビスポークな」です。つまり、上質で、専門特化していて、オーダーメイドなものを扱える商社にしていかなければならない。総合商社と同じような商品を私たちが手がけても勝ち目はありませんし、近江商人の「売り手良し、買い手良し、世間良し」という三方良しにつながっていく原点が、この「プレミアムな」「ブティックな」「ビスポークな」というキーワードに隠されているような気がするのです。
そう考えると、売上高とか経常利益という指標にこだわった経営自体を見直す時期に来ているのかもしれませんね。そこにこだわると結局、浮利を追ってしまい、売り上げを大きくするためにコモディティをやろうという話になってしまう。そうではなく、やはり今申し上げた「プレミアムな」「ブティックな」「ビスポークな」商品を扱ってもきちんと利益が伴うような会社として経営することが大事なのかな、と。場合によっては、規模の拡張ではなく、戦略的な縮小を選ぶことも必要になるかもしれません。そういったことも意識していかないと、おそらく我々も生き残っていけないのではないかと感じています。
やはり、人口ボーナス期がもう終わってしまったのに、その時代の経済モデルを続けていくと、もう破綻しかないと思うんですよね。ですから、異なる人口構造の時代に合わせた経営スタイルにつくり替えていくことがやはり極めて重要で、ブレーンストーミングなどを通じてそれを準備していくための場がOtava Hokuseiなのかもしれないと思っています。
中村 まさに今おっしゃった人口減少や超少子高齢社会の進展については、地方都市が最初にその洗礼を浴びていきます。そこでの次なる戦略を考えていくとき、おそらく既存の行政区分の枠組みで考えていても展望はないでしょうね。民間レベルでの地域間連携にこそ、その限界を超えうる潜在的な可能性が秘められていると思いますし、このOtava Hokuseiからそうしたコラボレーションが生まれていくことへの期待がさらにふくらみました。今日は大変有意義な対話をさせていただき、ありがとうございました。(2022年11月8日、Otava Hokuseiにて収録)
●会社概要:
会社名:ホクセイプロダクツ株式会社
事業内容:アルミ加工製品・機能フィルム製品・生活関連製品の企画、製造、販売
営業拠点:富山(本社)・東京・北海道・京都・沖縄・スウェーデン(ストックホルム)・アメリカ(オレゴン州ポートランド)
設立:1997年1月(創業:1978年<ホクセイ金属株式会社>)
ホームページ:https://w-hokusei.co.jp/d/